Posted on 05.22.25

東京観光の2日目。

前のブログにも書きましたが、月曜日が美術館休みなので、この日はスケジュールがとてもハードです。

まずは、朝イチから江東区にある東京都現代美術館(地味に遠い)へ向かい、サウンドウォーク・コレクティヴ & パティ・スミスによる『コレスポンデンス』展へ行きました。

 

 

「コレスポンデンス」はサウンドウォーク・コレクティヴとパティ・スミスによる10年以上におよぶ協働プロジェクトであり、かれらが現在まで交わしてきた“対話”から生まれた作品です。現在進行中で絶えず進化し続けるこの協働プロジェクトは、さまざまな土地の「音の記憶」を呼び起こし、芸術家や革命家、そして気候変動の継続的な影響の足跡を体現しています。

ステファンが詩的な霊感や歴史的な重要性をもつ土地を訪れフィールドレコーディングによって「音の記憶」を採集し、パティがその録音との親密な対話を重ねて詩を書き下ろし、さらにそのサウンドトラックに合わせてサウンドウォーク・コレクティヴが映像を編集します。こうした“往復書簡(=コレスポンデンス)”によって生まれたのが、本展の根幹を成す8つの映像《Pasolini》《Medea》《Children of Chernobyl》《The Acolyte, the Artist and Nature》《Cry of the Lost》《Prince of Anarchy》《Mass Extinction 1946-2024》《Burning 1946-2024》です。

 

全部で111分ある作品ですが、もちろん全部観てきました。

 

チェルノブイリ原発事故, 地球環境問題, ギリシャ神話における悲劇『メディア』とパゾリーニ, 芸術と信仰などを題材にしたパティ・スミスの詩は、78歳を迎える彼女の生き様や考え方が強く現れた、それは素晴らしいものでした。

 

今、日本では参議院選挙が近づき、政治家は国民が喜びそうなことを考えては口に出します。

それで自身の所属する党に投票してほしいから。

 

今の時代は、インターネットやSNSで個人でも膨大な情報を得ることができます。

現代における知の巨人といわれる歴史学者,ユヴァル・ノア・ハラリは、多く情報真実ではなく、真実情報うち僅かしかない」と言っています。

そして人類の多くは、真実ではなくフィクションの方に惹かれてしまいます。

なぜなら、フィクションはどうとでも作れるからです。

 

政治家は、このままだと20年後の日本は大変なことになると(一般的な国民より)わかっていても、その為に取り組む必要のあることは特に選挙前なんかには話しませんし、そんなことより今の国民が喜びそうなことを発言します。その方が人気が出るから。

 

人々は自分にとって都合の良い意見に耳を傾け、AIはアルゴリズムでユーザーの特徴を完璧に捉え興味を惹きそうな情報を流しユーザーに適したストーリーを作ります。

そして、それに人々は踊らされる。

 

パティの詩は、そんな目を背けたくなるような現実や過去に人間がしてきた愚かな過ちに目を向けるものでした。

 

人間が便利さと豊さを手にいれる代償に招いた地球温暖化によって、犠牲になった生き物はたくさんいます。

 

海の中では鯨やイルカが美しい歌のような声に含まれるソナー音を発信してお互いにコミュニケーションし。自分や仲間たちが今どこにいるか、自分がどこに向かうかを知ります。ですが、自らの富の為に石油を探す掘削のための振動音は、かれらの方向感覚を失わせ、コミュニケーションの調和を破壊してしまいます。

そして、群れは離ればなれになり、本来生息しない地域の海岸に現れて大量座礁したり、死体として漂流する「ストランディング現象」を起こします。

パティ・スミスは言います。「水温はどんどん上がり、海中は騒音に満ちている。そして人間はそれにまったく気づいていない。私たちはあまりに多くのことに気を取られていて -ソーシャルメディア、戦争、手のなかの携帯に- 何もかもが注意を逸らす役割を果たしています。実際は、この可哀想な地球が崩壊しつつあるのに。それを止められるのは私たちだけなのに」

 

 

事故の起きたチェルノブイリ原子力発電所から最も近いウクライナ・プリピャチの風景。

その土地に住んでいた約5万人の住民は避難を強制されました。

見学ツアーがあるものの(だから今回の映像も撮ることができたのでしょう)、同地の放射線レベルが安全圏まで減少するまでには約900年かかるといわれ、見学者は健康に関して自ら責任を負う必要があります。

何千冊もの書物、レコード、ブラウン管のテレビ、ピアノ、そして子ども用の長机。それらは事故直後の状態そのままに放置されています。

その中で縦横無尽に自由に成長する樹々たち。

それらの映像をみて、自然界や動物たちにとって人間のいなくなった世界の方がよほど幸せそうに見えました。

言葉では言い表せられない、とても美しい世界がそこにありました。

それをパティは詩で綴ります。

 

僕だって環境に良くないことをしたり、環境に優しくない企業が出してる製品を買ったりしていることもあると思います。

その全てを完璧にできる人間なんて、ほとんどいないと思います。

でも、少しでも多くの人が日頃からそういう意識を持って生活するだけでも、地球や他の生物たちにとって今のままよりも環境の悪化は抑制されていくはずです。

 

日本でも“アーティスト”という言葉はよく使われていますが、本当の意味でアーティストと呼べる人は、このパティのように知ることで自分の考えを持ち、それが作品に反映されているような生き方をしている人のことを言うのではないかなと思っています。

 

この展覧会を観たことで、パティ・スミスの公演に行かなかったことを大きく後悔する気持ちが強くなりました。

それほどパティのメッセージとサウンドウォーク・コレクティヴ の映像や音響との共鳴が素晴らしかったです。

パティから放たれるメッセージを、本人を目にして直接体感したかったです。

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映像以外の展示物を少し掲載させていただきます。

 

 

 

 

 

 

ステファン・クラスニアンスキーとパティ・スミスの対談や、本展でのパティの詩などが掲載されたブックレットも買ってきたので、ご興味のある方はぜひ待ち時間などにご覧くださいませ!

 

 

 

次は、この後行ったヒルマ・アフ・クリント展について書きたいと思います。