ミケーレの退任とラフ・シモンズの終了
2022.11.29.
Posted on 11.29.22
今週号のWWDを見てもわかるように、先週はモード界におけるビッグニュースが2つありました。
アレッサンドロ・ミケーレのGUCCI退任と、ラフ・シモンズのシグネチャーの終了という、どちらもどちらかというとネガティヴなニュースです。
まずアレッサンドロ・ミケーレの方から書きたいと思います。
ミケーレは今から約8年前にGUCCIのデザイナーに就任しましたが、GUCCIでの歴史は実はもっと前からで、トム・フォードがデザイナーだった頃から参加しています。
今の若い世代の方は知らない方も多いと思いますが、トム・フォード期のGUCCIは当時モード界で最も輝きを放っていたブランドのひとつでした。
(僕自身は着たいと思うタイプのクリエイションではなかったですが…)
トム・フォード退任後は何人かのデザイナーを経てフリーダ・ジャンニーニという女性が長期間デザイナーを務めましたが、トム・フォードの頃から比べる(比べるのは酷かも知れないですが)とモード界のトレンドセッターの位置からはかなり距離が離れてきてしまっていました。
そんなジリ貧な状況にあってGUCCIに更なる試練が降りかかります。
当時のGUCCIのCEOだったパトリツィオ・ディ・マルコと、デザイナーのフリーダがほぼ同時期に退任することになりました。
二人は公私ともにパートナーの関係にありました。
GUCCIは、フリーダが退任した後の後任デザイナーを決められないまま、とりあえず次のコレクションはメゾンのデザインチームに任せました。
そのコレクションでデザインチームを牽引し、クリエイションを統括した人物がアレッサンドロ・ミケーレでした。
そんな所詮デザインチームの一員という立場であるのに、GUCCIの世界観を根底からガラリと変えるようなことをしでかしたのです。
今、ジル・サンダーのデザイナーを夫婦で手掛けているルーシー・メイヤーも、ラフ・シモンズが退任した後のDIORをデザインチームで手掛けた際の中心人物の一人でしたが、そのコレクションは良くも悪くも「まずまず」なものでした。
DIORはその後、ピエールパオロ・ピッチョーリと共にヴァレンティノ復興の立役者となったマリア・グラツィア・キウリをヘッドデザイナーに招聘しました。
要するに(特にビッグメゾンであればある程に)、デザインチームが手掛けるコレクションとは多くの場合、後任デザイナーが決定するまでの“つなぎ”のような役割にしか過ぎないのです。
そんな“つなぎ”のタイミングで、ミケーレは一世一代の挑戦をしました。
そしてデザインチームが手掛けたそのコレクションは、モード界の話題を大いに攫うに値するものでした。
GUCCIはそのコレクションの2日後、アレッサンドロ・ミケーレのデザイナー就任を発表しました。
ミケーレがGUCCIで行った一番の大仕事は、実はデザイナーに就任する前に既に成し遂げていたのです。
ましてや、LVMHと双璧を成すケリング・グループの最高峰ブランド,GUCCIにおいてそれをしたのだから尚更凄いです。
その後、GUCCIの売り上げは飛躍的に向上しました。
そんなGUCCIを窮地からトレンドセッターの座にまで押し上げた功労者,ミケーレが退任するまでの事態になったのには、やはり昨今の資本主義が加速するモード界の事情があったみたいです。
GUCCIの売り上げ規模を大幅に伸ばしたミケーレでしたが、就任から年月が経過したここ最近は、その成長性が鈍化していました。
僕なんかは、売り上げが落ちている訳でもないし、クリエイションが錆びてきている訳でもないんだから、それで十分じゃないかと思ってしまうのですが、昨今のラグジュアリービジネスはそれでは満足できないみたいです。
僕はアメリカよりもヨーロッパの文化の方が好きなのですが、モードにおいてもヨーロッパは商業性よりも伝統や文化を大切にしているなと思うようなメゾンがたくさんありました。逆にアメリカは売れたら伝統や文化なんて何でも良いというようなビジネス色が強い印象です。
ですが、昨今のモード界はヨーロッパまで超資本主義になってしまいました。
それがとても残念です。
もうひとつのニュースであるラフ・シモンズのシグネチャー終了は、そういった時代の変化の中でネガティヴな影響を受けた事象のひとつだと思います。
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ラフ・シモンズがモード界に登場し、たちまち大きな話題を攫ったのが90年代後半でした。
僕なんかもまだ高校生の身でありながらも、必死でバイトしてラフの服を買っていました。
その後、一時期は日本にも直営店まであったほどでしたが、それも無くなり、そして今回の事態となりました。
クリス・ヴァン・アッシュのシグネチャーなんかもそうですが、コアなファッション好きをターゲットにするようなデザイナーズブランドは今の時代、とても厳しいのかも知れません。
大阪に阪急メンズ館ができた頃は、僕もよく洋服を見に行っていましたし、行けば自分と同じようなモードが好きそうな人をよく見かけました。
今では客層がガラリと変わってしまったと思います。
リック・オウエンスやアン・ドゥムルメステール、ハイダー・アッカーマンなど、コアなモードファンが好むようなブランドの取り扱いも無くなりました。
その変化が今のモード界の縮図でもあると思います。
ラフに関しては、ミウッチャ・プラダから直々のお誘いを受け、今はプラダのデザイナーとしても活躍しています。
カルバンクラインのデザイナー時代は、経営陣との衝突から、商業性を求められるラグジュアリーブランドにおいてのデザイナー職には心底嫌気が刺した様子でしたが、自身と考え方の近いミウッチャ・プラダの元での仕事には満足し、現在はやり甲斐を感じているようにも見えます。
今はそこに全力を尽くしたいからシグネチャーは一旦終了する、というような決断の上であれば良いのですが…
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今GUCCIやPRADAを買っている人の中にはデザイナーの名前も知らないという人も多いのではないかと思います。
それは今、オシャレなイメージが爆発的にマス化しているメゾン・マルジェラにおいても同様のことが言えると思います。むしろ今のマルジェラ購入層ではGUCCIやPRADAよりも酷い結果が出そうです。
そんな中でも本当にブランドやデザイナーのことを理解して、“モードな買い方”をされている方も中にはいるんですけどね。
僕はずっとアメリカ大陸を占領された先住民みたいな気持ちです。
長々と書いてしまいましたが、これが今のモード界に対する僕の率直な意見です。
どこのブランドのものか誰にでもわかるようなものを身につけるより、「それどこのですか?」って興味を持って聞いてもらえるような洋服を身につけている方が、僕は素敵だと思います。
ヘアデザインにおいても、そういう感覚を大切にしています。
今のようなマジョリティ全盛時代に、当店のようなお店を成立させていただいているのは、同じような感覚を持ってくださってる顧客様のおかげです。
本当に感謝しております。
ラフのシグネチャーは終わってしまいましたが、V:oltaは末長く続けられるようにより一層精進いたします。
いつもありがとうございます!