Songs for Drella

2023.01.24.

Posted on 01.24.23

昨日のお休みは阪急電車に乗って塚口まで出向き、塚口サンサン劇場で上映されている映画『Songs for Drella』を観てきました。

 

 

塚口サンサン劇場は今回初めて行ったのですが、ローカルな駅にあるにも関わらずスクリーンも大きく立派で、とても素敵な映画館でした。

劇場の名前も良いし。

僕もV:oltaの店名を“堀江サンサン美容室”に改名したくなりました。

 

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本作『Songs for Drella』は、1990年に発表された音楽,映像作品の4K修復版。

元The Velvet Undergroundの二人の天才, ルー・リードとジョン・ケイルによる、1968年の決別以来21年ぶりに共演した無観客ライヴの記録映画となっております。

そして、『Songs for Drella』の“Drella”とは、The Velvet Undergroundを見出したポップアート界の天才, アンディ・ウォーホルを指します。

ウォーホル周辺のいわゆる“スーパースター”だったブルックリン出身の俳優,オンデュースによって考案されたそのあだ名は、おそろしいドラキュラと魅惑的なシンデレラを掛け合わせたものでした。

 

 

 

僕は、京都で開催されているアンディ・ウォーホル展には例え京都に行く予定があったとしてもついでに寄ろうとは考えないですが、この映画を観るためなら塚口まで喜んで出向くタイプの人間です。

そんな人間はこの共感万歳の時代に向いていないのは火を見るよりも明らかです。

 

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The Velvet Undergroundは、ニューヨーク生まれでシラキュース大学で詩人,デルモア・シュワルツの教えを受けたルー・リードと、イギリスはウェールズ生まれでクラシックと現代音楽を学ぶためにニューヨークにやってきたジョン・ケイルを中心に結成されました。

バンド名の由来はマイケル・リー著のSMなど性的なサブカルチャーを題材にした同名のペーパーバックから引用されました。

 

バンドはニューヨークのライブシーンで静かにその名を響かせるようになっていきます。

その評判を耳にして視察に駆けつけたのが、現代アート界のスターであったアンディ・ウォーホルでした。

ウォーホルは彼らの特異な才能をすぐに察知して、自らバンドのプロデュースに名乗りを挙げ、デビューアルバムのアートワークまで手掛けました。

そして1967年にデビューアルバム『The Velvet Underground & Nico』が発売されます。

しかし、当時では前衛的なそのアルバムはあまり売れませんでした。

別の問題として、バンドメンバー達も世間からアンディ・ウォーホルの愛玩物のような目で見られがちなことに対しても次第に反発を覚え、ルー・リードはウォーホルに決別を告げました。

同時にウォーホルが抱き合わせたニコとも決別した後、彼らは傑作セカンドアルバム『White Light/White Heat』を完成させます。

しかし、このアルバムのレコーディング中からリードとケイルはバンドの方向性について度々衝突するようになり、それはやがて感情的な対立となってしまいました。

ジョン・ケイルはこのアルバムを最後にバンドを去りました。

 

バンドはその後もアルバムを2枚リリースしますが、結局商業的には大きな成功を得ることなく1971年に解散してしまいます。

 

しかし皮肉なことに、この頃からヨーロッパを中心にThe Velvet Undergroundの人気は高まっていくことになります。

1972年には、リード, ケイル, ニコの3人による貴重なコンサートが開かれ、二人は久々に共演しました。

 

しかし、それ以降の二人はまた長くすれ違いの人生を歩みます。

そんな状況を変えたのがアンディ・ウォーホルの死でした。

 

ウォーホルの追悼会で久々に再会した二人は、共通の知人である画家のジュリアン・シュナーベルの提案もあってウォーホルを偲ぶ本作『Songs for Drella』の制作に向けて再び一緒に仕事をすることになりました。

 

説明が長くなってしまいましたが、これでもだいぶ端折った感じの(説明が下手ですみません)この作品が制作されるまでの経緯です。

 

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映像では、リードとケイルの間にはまだなんとなく関係のぎこちなさがあるのだろうなという微妙な緊張感が伝わってくるようでした。

 

 

同名アルバムの曲たちを通じてウォーホルとの関係や思い出が語られ、そしてそれはラストの“Hello It’s Me”へと紡がれていきます。

 

年齢を重ねた二人の姿もカッコ良すぎました。

ジョン・ケイルの衣装なんて、カール・ドライヤーの映画に出てくる登場人物のようです。

 

 

 

 

 

 

上でも少し書きましたが、The Velvet Undergroundのデビューアルバムは当時あまり売れませんでした。

ですが、そのアルバムを買った人はみんなバンドを始めたという逸話が後に残るくらい、作品は先進性があるものでした。

 

 

僕は思うのですが、それは成熟した今の時代においても同じなのじゃないでしょうか。

今の承認欲求全盛の時代において、当店がバズってるようじゃ、やはり本当に格好良いことはできていないのだと思います。

(実際バズってもないですし、思うほど格好良いことが現状できているという自信もそんなに無いんですけどね)

 

でも、当店にご来店いただいているお客様の中には、その時代に生きていればThe Velvet Undergroundのアルバムを買ったであろうなと思うような感性の方がたくさんいらっしゃいます。

僕は、そういった方々に認めてもらえること,選んでいただけることの方が、世間で人気が出たり商業的に成功するよりも余程大事です。

 

 

当初から通ってくださっている顧客様なら知っているかと思いますが、こんな当店でも当初はバズってしまっていた時期があったんです。

それは、僕の感性が未熟だったり技術不足だったりしたことで、自分の理想よりもその完成形が下回っていたからだと思います。

でも、それくらいの方が世間ではウケが良いんです。

 

今の場所に移転する際、店内を少し敷居が高く感じるくらい特別なものにしてもらいました。

引き渡していただく時に、内装を作っていただいた業者さんに「魂込めて作ったんで大切に使ってください」と仰っていただいたのを今も覚えています。そう言っていただけて身が引き締まる思いでした。

(今でも自分の技術は、この素晴らしい内装にまだまだ相応しくないレベルのものだと思っていますが、それでも移転する前とは比べ物にならないくらいには自分自身の技術もレベルアップしてきてると感じている部分もあります)

 

去年、NHKで特集されていた安藤忠雄さんのドキュメンタリーで、安藤さんが「今の建築物には魂が入っていない」と口にしたのを聞いた時、「自分たちのお店の内装には魂が入っているんだ」と思えて誇らしくなりました。

もちろんその空間に魂を与え続けるのは、そこで働く人とそこを訪れる人の感性や感情が大切だとも思っています。

 

これは大した話じゃないんですけど、でもちょっと自慢にできることでもあるし、別に僕だけ喜んでおけばよいので特にここでも書かなかったことなんですが、当店の取引先の方で安藤忠雄さんとお話しする機会があったという方が教えてくれたエピソードです。

その会話中、仕事の話になって安藤さんに「どんなところを担当してるの?」と聞かれた時に幾つかピックアップしてくれたお店の中に当店を選んでくださったみたいなのですが、当店のページを見せた時に「ここええやん!」と当店を褒めてくださったらしいです。

 

巨匠に褒めていただいて、僕も嬉しいです。

でも、美容室の中では、わかってくださる方には評価していただけることをやっている(目指している)自負は持っているつもりです。

 

まだまだ日本人は欧米の人の感性や考え方と比べると未熟な部分があると思っています。

V:oltaは、美容室という形式を通じて、日本人の感性を少しでも豊かにするようなことができたら、という密かな思いを持っています。

 

その為には、自分が一番頑張らないと、ということも重々承知しているので、これからも必死に頑張っていきます!

 

もう最後の方はヴェルヴェッツもウォーホルも全く関係のない話になってしまってすみません。

最後まで読んでくださってありがとうございます!

 

 

味変

2022.12.08.

Posted on 12.08.22

大掃除のついでに、ディスプレイ棚をまた少し変えました。

 

 

 

当店のカルチャーにお詳しいお客様方なら、この棚にあるものの解答率がかなり高い方もたくさんいらっしゃるかと思います。

 

もし、何かわからないけど気になるのがあると言う方は、直接聞いてください!

 

今週号のWWDを見てもわかるように、先週はモード界におけるビッグニュースが2つありました。

 

 

アレッサンドロ・ミケーレのGUCCI退任と、ラフ・シモンズのシグネチャーの終了という、どちらもどちらかというとネガティヴなニュースです。

 

まずアレッサンドロ・ミケーレの方から書きたいと思います。

ミケーレは今から約8年前にGUCCIのデザイナーに就任しましたが、GUCCIでの歴史は実はもっと前からで、トム・フォードがデザイナーだった頃から参加しています。

今の若い世代の方は知らない方も多いと思いますが、トム・フォード期のGUCCIは当時モード界で最も輝きを放っていたブランドのひとつでした。

(僕自身は着たいと思うタイプのクリエイションではなかったですが…)

トム・フォード退任後は何人かのデザイナーを経てフリーダ・ジャンニーニという女性が長期間デザイナーを務めましたが、トム・フォードの頃から比べる(比べるのは酷かも知れないですが)とモード界のトレンドセッターの位置からはかなり距離が離れてきてしまっていました。

そんなジリ貧な状況にあってGUCCIに更なる試練が降りかかります。

 

当時のGUCCIのCEOだったパトリツィオ・ディ・マルコと、デザイナーのフリーダがほぼ同時期に退任することになりました。

二人は公私ともにパートナーの関係にありました。

GUCCIは、フリーダが退任した後の後任デザイナーを決められないまま、とりあえず次のコレクションはメゾンのデザインチームに任せました。

そのコレクションでデザインチームを牽引し、クリエイションを統括した人物がアレッサンドロ・ミケーレでした。

そんな所詮デザインチームの一員という立場であるのに、GUCCIの世界観を根底からガラリと変えるようなことをしでかしたのです。

 

 

今、ジル・サンダーのデザイナーを夫婦で手掛けているルーシー・メイヤーも、ラフ・シモンズが退任した後のDIORをデザインチームで手掛けた際の中心人物の一人でしたが、そのコレクションは良くも悪くも「まずまず」なものでした。

DIORはその後、ピエールパオロ・ピッチョーリと共にヴァレンティノ復興の立役者となったマリア・グラツィア・キウリをヘッドデザイナーに招聘しました。

要するに(特にビッグメゾンであればある程に)、デザインチームが手掛けるコレクションとは多くの場合、後任デザイナーが決定するまでの“つなぎ”のような役割にしか過ぎないのです。

 

そんな“つなぎ”のタイミングで、ミケーレは一世一代の挑戦をしました。

そしてデザインチームが手掛けたそのコレクションは、モード界の話題を大いに攫うに値するものでした。

 

GUCCIはそのコレクションの2日後、アレッサンドロ・ミケーレのデザイナー就任を発表しました。

ミケーレがGUCCIで行った一番の大仕事は、実はデザイナーに就任する前に既に成し遂げていたのです。

ましてや、LVMHと双璧を成すケリング・グループの最高峰ブランド,GUCCIにおいてそれをしたのだから尚更凄いです。

 

その後、GUCCIの売り上げは飛躍的に向上しました。

そんなGUCCIを窮地からトレンドセッターの座にまで押し上げた功労者,ミケーレが退任するまでの事態になったのには、やはり昨今の資本主義が加速するモード界の事情があったみたいです。

 

GUCCIの売り上げ規模を大幅に伸ばしたミケーレでしたが、就任から年月が経過したここ最近は、その成長性が鈍化していました。

僕なんかは、売り上げが落ちている訳でもないし、クリエイションが錆びてきている訳でもないんだから、それで十分じゃないかと思ってしまうのですが、昨今のラグジュアリービジネスはそれでは満足できないみたいです。

僕はアメリカよりもヨーロッパの文化の方が好きなのですが、モードにおいてもヨーロッパは商業性よりも伝統や文化を大切にしているなと思うようなメゾンがたくさんありました。逆にアメリカは売れたら伝統や文化なんて何でも良いというようなビジネス色が強い印象です。

ですが、昨今のモード界はヨーロッパまで超資本主義になってしまいました。

それがとても残念です。

 

もうひとつのニュースであるラフ・シモンズのシグネチャー終了は、そういった時代の変化の中でネガティヴな影響を受けた事象のひとつだと思います。

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ラフ・シモンズがモード界に登場し、たちまち大きな話題を攫ったのが90年代後半でした。

 

 

僕なんかもまだ高校生の身でありながらも、必死でバイトしてラフの服を買っていました。

その後、一時期は日本にも直営店まであったほどでしたが、それも無くなり、そして今回の事態となりました。

クリス・ヴァン・アッシュのシグネチャーなんかもそうですが、コアなファッション好きをターゲットにするようなデザイナーズブランドは今の時代、とても厳しいのかも知れません。

 

大阪に阪急メンズ館ができた頃は、僕もよく洋服を見に行っていましたし、行けば自分と同じようなモードが好きそうな人をよく見かけました。

今では客層がガラリと変わってしまったと思います。

リック・オウエンスやアン・ドゥムルメステール、ハイダー・アッカーマンなど、コアなモードファンが好むようなブランドの取り扱いも無くなりました。

その変化が今のモード界の縮図でもあると思います。

 

ラフに関しては、ミウッチャ・プラダから直々のお誘いを受け、今はプラダのデザイナーとしても活躍しています。

カルバンクラインのデザイナー時代は、経営陣との衝突から、商業性を求められるラグジュアリーブランドにおいてのデザイナー職には心底嫌気が刺した様子でしたが、自身と考え方の近いミウッチャ・プラダの元での仕事には満足し、現在はやり甲斐を感じているようにも見えます。

今はそこに全力を尽くしたいからシグネチャーは一旦終了する、というような決断の上であれば良いのですが…

 

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今GUCCIやPRADAを買っている人の中にはデザイナーの名前も知らないという人も多いのではないかと思います。

それは今、オシャレなイメージが爆発的にマス化しているメゾン・マルジェラにおいても同様のことが言えると思います。むしろ今のマルジェラ購入層ではGUCCIやPRADAよりも酷い結果が出そうです。

そんな中でも本当にブランドやデザイナーのことを理解して、“モードな買い方”をされている方も中にはいるんですけどね。

 

僕はずっとアメリカ大陸を占領された先住民みたいな気持ちです。

 

長々と書いてしまいましたが、これが今のモード界に対する僕の率直な意見です。

どこのブランドのものか誰にでもわかるようなものを身につけるより、「それどこのですか?」って興味を持って聞いてもらえるような洋服を身につけている方が、僕は素敵だと思います。

 

ヘアデザインにおいても、そういう感覚を大切にしています。

今のようなマジョリティ全盛時代に、当店のようなお店を成立させていただいているのは、同じような感覚を持ってくださってる顧客様のおかげです。

本当に感謝しております。

 

ラフのシグネチャーは終わってしまいましたが、V:oltaは末長く続けられるようにより一層精進いたします。

いつもありがとうございます!

Posted on 10.21.22

先日のお休みは、またまたシネヌーヴォへ、カリスト・マクナルティーによるドキュメンタリー映画『デルフィーヌとキャロル』を観てきました。

 

 

本作は、アラン・レネの『去年マリンバードで』をはじめ、トリュフォーやブニュエル, デュラス, アケルマン等、錚々たる監督の作品に出演したフランスの女優デルフィーヌ・セリッグと、フランスで2番目にビデオカメラを手に入れた人物(一人目はゴダール)で後にフランスにおけるビデオアートのパイオニア的存在となったキャロル・ルッソプロスの出会いと二人のフェミニズム運動を記録したドキュメンタリー。

 

多様性や差別に対して人々が関心を向けだした現代だからこそ再評価されるべき、素晴らしい作品でした。

 

この作品は、森元首相をはじめとする日本の残念な男尊女卑脳を持ったオジサン連中には全員強制で観させるくらいした方が良いと思います。

 

作中でキャロルは、「ビデオカメラは、今まで専門家や組合の代表(それらは皆男性)しか発言する場が与えられなかったところに、当事者の意見(女性など当時、社会的弱者とされていた人達)を伝える機会を与えてくれた」と言っていました。

その言葉だけで、当時の女性の意見がどれだけ男性や社会から軽視されていたのかが想像できます。

(このビデオカメラはソニー製でした。この時代は日本のメーカーも革新的な製品を世界に送れ出せていたのに…)

 

 

「シェフがお金を稼ぐ為に作る料理には相応の価値があって、主婦が毎日作る料理には価値なんて全くなくただ作ってるだけ」みたいな酷い発言をするコメンテーターが出てきましたが、今ではそういう考えを信じられないと思える社会になったのは、デルフィーヌやキャロルのようにフェミニズム運動に取り組んできた人達のおかげであり、彼女たちの確固たる功績でもあります。

 

若き日のアケルマンと貫禄タップリのデュラスが並んでインタビューに応えているシーンは、何気に凄い画だなと思いました。

音楽で例えると何でしょうか。

Snail Mailとキム・ゴードンが並んでても、アケルマンとデュラスの1/10くらいのインパクトしか出せないんじゃないかと思います。

 

 

という感じで、シネヌーヴォは現在『映画批評月間』として、普段なかなか観ることのできないような作品もたくさん上映してくれています。

 

 

ご興味のある方は、ぜひシネヌーヴォにも足を運んで、素敵な作品に出会ってください。

OTHER MUSIC

2022.10.13.

Posted on 10.13.22

先週の日曜日は、仕事終わりに雨の中シネヌーヴォへ向かい、『アザー・ミュージック』を観てきました。

 

 

2016年に閉店したニューヨークの伝説的レコードショップ, OTHER MUSIC の軌跡を追ったドキュメンタリー映画。

 

アザー・ミュージックの前の通りを挟んだ向かいには、メガストア, TOWER RECORDSが君臨する。

(アザー・ミュージックがオープンした1995年当時は特に)メジャーどころ中心の品揃えだったタワレコとは違う音楽を提供するから、OTHER(他の) MUSIC。

 

ニューヨークにある高級百貨店, バーグドルフ・グッドマンは、ファッションデザイナー達にとって「ここで取り扱ってもらうことができたら感無量」と思えるくらいの百貨店だったらしいですが、特にN.Y.のオルタナティヴ・シーンで活動するバンドマンやアーティスト達にとって OTHER MUSIC で自身の作品を取り扱ってもらえることは、それと同等の喜びがあったと思います。

 

それだけカルチャーを産み出せて世界中にファンを作れるOTHER MUSICのようなお店でも、時代の流れには抗えないのかと哀しい気持ちになりました。

 

自分も小さいですがお店を経営しているので、経営者の気持ちを思うと余計に無念に思います。

 

でも僕なら今の場所で維持費が厳しくなってきたとしても、お店を閉めることよりも少し離れた場所に移ってまた頑張ろうと考えてしまいますが、潔く閉店することを選択したOTHER MUSICはやっぱり凄いなと思います。

N.Y.の中心で、今の場所で、カルチャーを発信することに意義がある、と考えていたのかも知れません。

 

 

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また個人的な話をして申し訳ないですが、(先日のブログでも少し書いたのですが)僕の田舎は淡路島の南の方のド田舎と言っていい地域にあって、カルチャーなんてものはそこには無かったので、毎月1回アルバイトで稼いだお金を全て財布に詰め込んで、大阪や神戸に服とCDやレコードを買いに行っていました。

 

ついでに髪の毛も切ってもらおうと思って、当時のカジカジHとかに載ってた大阪や神戸の中心部にある美容室を予約して、その都度よく聴いてたり興味のあった海外アーティスト(バンド)の写真を必ず持って行ってたのですが、(自分の選択も良くなかったのか)どこの美容室に行ってもそれらのアーティストを知ってるような美容師さんには出会うことができませんでした。

知っていると言ってもバンドの名前や音楽を多少知っているということではなく、そのアーティストの好きなアルバムとか、もう少し具体的な話ができる人という意味です。

 

その時の僕は、(やってほしい髪型の写真を持って行ってるので)それと似たような雰囲気に仕上げてほしいという思いももちろんあるのですが、それよりも「このバンド、僕も好きなんだ」と言ってくれるような美容師さんに出会いたいという思いの方が強かったのかも知れません。

実際、そういう美容師さんと出会えてたら、イメージの写真と仕上がりが多少違っても僕は満足して帰っていたと思います。帰りのバスの中でカット中にした会話のことを思い出しながら。

 

 

僕が美容師になろうと思ったのは、自分の髪の毛を触るのが好きだからでもヘアスタイルそのものに格段興味があったのでもなく、ファッションや音楽などのカルチャーにおいてナードな感覚を持った美容師というのは実はかなり少なくて、でも(そういうものに魅了されていた当時の高校生の自分のように)そういう共通の感覚を持った美容師さんに切ってほしいと思うような人は一定数いるんじゃないかと思ったからです。

そういう感覚の人って、好きなものに対して自分なりのこだわりを持ってる人が多くて、皆と同じような感じにされるのは嫌だと思ってしまうから。

 

自分で身につける服は自分で選べますし、(僕はしないですが)メイクとかも自分で自分の好みに仕上げることができますが、髪型というのはほとんどの人が他力に頼る必要があります。

だから、例え大多数ではなくて一部の人にとってだけであっても、「この人の感覚なら任せられる」と思ってもらえるような美容師になりたいと思って美容学校に進みました。

美容師は、仕事中でも自分の好きな服を着て、好きな音楽を聴きながら仕事できますしね。

そもそもがそういう考え方なので、僕の作るヘアスタイルは、その人のファッションやスタイルの邪魔をするような類のものではないと思います。(かと言って確信的な自信はないです)

 

 

今のV:oltaには、お店をオープンした時では想像してなかったくらいいろんなタイプの方が通ってくださってて、それは予想外のことでもあるし本当にありがたいことで、いつも感謝の気持ちで一杯ですが、その中でも当店が一番守らないといけないと思っているのは、上に書いたような感覚を持った方々であることは今も代わりありません。

 

V:oltaがカルチャーを内包した美容室なのだということがある程度伝わるようになって(それはあくまで美容室というカテゴリの中ではという注釈付きで、自分なんかのやってることはOTHER MUSICとは比べものにならないくらいの素人レベルのものですが)、僕以上に(というかレベルが2段階は違うと思うような)カルチャーの各分野に精通したお客様も通ってくださるようになりました。意外とそういう方って特別な場所ではなく一般的なところに潜んでいるんだなと思います。

僕自身もそういったお客様から更に知識を増やしていただいています。これは僕の人生観を飛躍的に豊かに感じさせてくれるようなものになっています。いつも本当に感謝しております。

もっと勉強して、もっと知識を増やしたいです。

 

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なんかここ数日で店閉める人くらいの内容の濃さと文字数のブログを頻繁に書いてしまいましたが、まだまだV:oltaは今の場所で頑張りたいと思っていますし、オルタナティヴな美容室(爆)としての道を極めていきたいです。

 

ということで、また話が脇に逸れてしまってすみません。

音楽好き, オルタナティヴ・ロック好きの方は、ぜひ映画もチェックしてみてください!

 

 

90年代ディスクガイド-USオルタナティヴ/ インディ・ロック編- を購入しました。

 

 

Sonic Youthに始まり、Pixies, Daniel Johnson, Galaxie500, Dinosaur Jr., Nirvanaなどの90年代初期~Beck,Nine Inch Nails,Pavementなどの中期、そしてYo La TengoやTortoiseなどが台頭する後期と、3つの時期に分類されています。

 

このあたりの音楽は好きでよく聴いていましたが、500枚も紹介してくれていると聴き逃していた作品もいくつかありました。

好きなアーティストやそのアルバムであっても、レビューを読んでまた久しぶりに聴きたくなるというのもディスクガイドの良いところです。

 

この時代はロックにおいて“シーン”というものがその地域に発生した最後の時代ではないかと思います。

インターネットで世界は繋がり、人々の暮らしは一気に便利になりましたが、ある程度村社会的な情報伝達力しかない時代に新しく生み出されたものの強みや魅力というものは、今の時代では作り出せないようなパワーがありました。

 

新しい音楽もいいですが、古い音楽も今聴いても良いと思えるし色褪せないと感じるのは、その時代その地域に存在した空気感というものがそのシーンや楽曲そのものに内包されているからだと思います。

 

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ここからは余談ですが、先日仲の良いお客様に僕のファッションはカテゴライズすると「ファッション・オルタナティヴ」だと評していただきました。

(多分、悪い意味ではないと信じていますが、自信はありません)

 

知らずのうちに僕のファッションにもオルタナティヴの血が流れているのかと、少し嬉しく思いました。

“オルタナティヴ”という言葉の定義は、(そのシーンにそれなりに詳しい人の間でも)人によって微妙に異なるところがあると思います。

“アンニュイ”という言葉の意味を説明しなさい、と言われるのと同じく、一言では言い表せない複雑さやそのシーンに漂う独特の空気感というものがあります。

 

本書では、オルタナティブのひとつの定義として「主流ではない」という言葉が使われていました。

これも「なるほど、そうだな」と思います。

(少し付け加えるなら、自身のスタイルが確立させていて且つそれが主流ではない、というニュアンスでしょうか)

 

 

ファッションにおいても、今はSNSやインターネットを通じて膨大な情報をキャッチできる時代です。

 

だからこそニッチな情報にも手が届きやすくなった訳ですが、過半数の人達の視界にはそれまで以上にマジョリティなものの情報ばかりが目に入り、そして多くの人がそれを真似したいと思ってしまうような時代になってしまいました。

コンサバが加速して、モードやカルチャーの表面的な部分も抉られ、その犠牲になってきてしまっているような感じがします。

 

バンドTシャツとかも、そのバンドが好きで着ている人もいれば、アートワークのデザイン性を含めてファッションとして取り入れている人の方が(そういうのは以前もありましたが、特に今の時代は)多いのではないかと思います。

 

最初はファッションとして興味を持った方でも、それをきっかけにそのアーティストの曲を聴いてみようと思う人が少しでも増えて、その結果カルチャーに興味を持つ人が増えることで“マジョリティではない”音楽や映画などの業界が潤ってくれることを期待しております。

 

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また文章が長くなってしまったお詫びと言っては何ですが、オルタナティヴに纏わる話をひとつ。

(お詫びで更に長くするという…)

 

“オルタナティヴ三大名曲”というのがあると昔聞いたことがあります。

みなさん、その3つが何の曲かわかりますでしょうか?

 

ひとつは皆さんご存知Nirvanaの“Smells Like Teen Spirit”、2つ目はBeckの“Looser”、そして最後のひとつはRadioheadの“Creep”らしいです。

(3つの中でRadioheadはUKのバンドですが、UKにもオルタナティヴは存在します)

 

このうちカート・コバーンとトム・ヨークは、その一般的に「名曲」と思われるような分かりやすい曲を作ってしまったことの副反応に死ぬほど悩まされた(実際にカートは死を選びました)訳ですが、Beckにはそんな感情は微塵もなさそうです。

そんなところにもオルタナティヴ・シーンにおけるアーティストの生き方の違いが現れていると思います。

 

本書はお店に置いていますので、ご興味のある方は待ち時間などにぜひご覧くださいませ!

all the way

2022.10.08.

Posted on 10.08.22

今週に入って、一気に涼しくなったなと感じる季節になりました。

気づけば、すっかり季節は秋です。

 

最近ご来店いただいたお客様は知ってると思いますが、先月から当店に新しいスタッフが一人増えました!

また追ってホームページなどでも掲載いたしますが、とりあえず先にお伝えさせていただきます。

 

今の場所にお店を移転する前くらいから、より顧客を大切にできるお店づくりをしようと思って、移転する際にお店の内装も思い切って世界観を強く出したデザインにしてもらいました。

新規のお客様の数は以前に比べて減ったのでスタッフもここ暫くは4人体制でしたが、そこからコツコツとですが顧客様がさらに増えていき、既存のスタッフも成長してくれてるので、久々に5人体制にすることができました。

僕自身は独立するまで、そんなに顧客を多く持った美容師ではなかったんです。

(今のお店だからできるような)自分のやりたいことができるお店がどこにもなかったので、実力不足のまま早くお店を出したというものあるのですが。

でも独立して、下手くそなりに我武者羅に頑張ってたら、一気にお客様が増えたんです。

お店のテイストも他とは違うものだったので、自分の知らないところでお店が注目されてるようなところもあったと思います。

でも、その時の感じは、今で言うところのインスタで集客しているようなお店と大して変わらない内容のものしか提供できてなかったと思うんです。

 

相撲で例えると、立ち上がりから突っ張りをかましまくって一気に相手を土俵際まで持っていくような相撲のとり方です。

それはそれで悪いわけではないと思うのですが、僕はもっと腰の入ったことをやりたかったんです。

だから意図的に新規の数を減らすような経営方針を取ったのですが、新規を減らすと言うことは顧客をより大事にしないと生き残れない訳ですから、そこは自分の中でも大きな覚悟が必要な決断でした。

ですが、その決断ができたことで、毎日朝イチから夜遅くまでアシスタントを4人くらいフルで使ってパンパンに忙しなく仕事するような状況からは少し解放され、自分の技術ともより向き合うことができました。

これが自分にとっては売上よりも何よりも価値が高く、美容師人生の中で一番の収穫となりました。

そしてこの度、スタッフを一人増やすことができたことは、がっぷり四つに組んだ状態から全身を使って前に踏み出した一歩くらい力強いものだと感じております。

 

これまで自分を支えてくださったお客様方や働いてくれたスタッフには本当に感謝しております。

自分が不甲斐なくて、ガッカリさせてしまうこともたくさんあったと思います。

かと言って本当に理想とするような形には、今もまだまだ全然至っていないどころか程遠いのですが、そこに向かって少しづつでも近づいていけているという実感は以前よりも持てるようになったので、それが何よりも嬉しいです。

 

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このブログのタイトルにつけた『all the way』は「遠路はるばる」という意味です。

これには3つの意味があって、V:oltaに遠路はるばる通ってくださるお客様も増えたこと。お店を独立してからここまで、やりたかったことをなんとか少しづつ形にできてきていること。そして3つ目はNew Orderを最近またよく聴いてるということ。

 

いつもスタッフが増えたり、お店の環境が変わった時は、お店を見つめ直す良い機会で、今回も色々とミーティングしたり、その中で問題点や課題を見つめ直したりしてたら、精神的にも疲れてくるところは少なからず出てくるんです。

僕は普段インディ・ミュージックを好んで聴くのですが、それは最新の音楽に触れるということを日々続けているということでもあるんです。

それによって新たな刺激を得たり、自分の感覚もブラッシュアップしてるところがあるのですが、疲れている時にそういう音楽を聴くことは結構しんどく感じてしまいます。

でもそういう時には、自分が過去に聴いてきて大好きになったアーティストの楽曲が疲れた心を癒してくれます。

その時々の体調や気分で、その中でもハマる音楽というのはその都度違うのですが、今回はNew Orderでした。

 

高校生の時に、クロスビートという雑誌の別冊ディスクガイドを買って、それに載ってるアーティストを片っ端から聴いていた時期があったんですが、その時代はサブスクはもちろんインターネットも無かったので、田舎者の僕は月に1回バイト代をもらった週の週末に神戸や大阪まで服やCDを買いに出かけるのが何よりの楽しみでした。

僕の実家は淡路島の田舎にあったのですが、バイト代を全部持って高速バスに乗って、いつも帰りの交通費をギリギリ残してお金は全部遣って両手には大量の紙袋を持って帰ってきていました。

そして背中に背負ったバッグの中には、必ずCDが入っていました。

New Orderは最初に買ったアルバムは『Technique』という作品だったのですが(その中にこのブログのタイトルでもある“All The Way”も収録されています)、最初聴いた時は「なんじゃこの炭酸の抜けたような音楽は」(淡路島は田舎なので少し言葉遣いが上品ではないところがあります)と思った記憶があります。当初は、あまり好きではなかったんですね。なんせ当時はOasisとか聴いてカッコイイと思ってましたから。

 

 

でも、その後何かのきっかけでまたそのアルバムを再生した時は、「メッチャイイ!」と思えたんです。

それは、最初にNew Orderを聴いた時からこの時までに、僕自身のカルチャーの理解度が少し上がったからだと思っています。

それから他のアルバムも全部集めて聴き込みました。

それでも、今、好きなアーティストを聞かれたらNew Orderはベスト10に入るかどうかというのが正直なところですが(ほぼ同じメンバーでもイアン・カーティスのいるJoy Divisionの方がより好きだというのもあるので)、それでも自分にとっては特別だと思えるアーティストの1組なのは間違いないです。

 

昨日も仕事を終えて家に帰ってから10kmくらいランニングしたのですが(音楽を聴きたい時や気分をリセットしたい時はよく走りに行きます)、その時も『Technique』を聴きました。もちろん“All The Way”も。

 

僕はこの“All The Way”の「パ〜ラ〜ラッタッタタ〜ラ〜ラ〜」という間奏の部分がとても好きで、走っている時もバーナードの歌詞は全く口ずさまないのに間奏の部分だけ口ずさんでしまうそうになる(というか口ずさんでしまっている)んです。

よくライブとかで、そのアーティストのアンセム的な曲をする時に、ヴォーカルが肝心のサビの部分でマイクを観客に向けて合唱を誘うという演出があると思うのですが、僕はあの所業が大嫌いで「いや、お前が歌えよ!」と思ってしまうんです。「あなたの歌う曲を聴きたくて、それを楽しみにして今日来たんだ」と。

だから、音楽を聴いてて“All The Way”を口ずさむ時でさえもバーナードの声は遮らない。

その代わり間奏部分のコーラスは任せておいてくれという感じです。

 

結局、何の話をしているのかわからなくなってしまいましたが、新しいスタッフの名前は加番(かばん)と言います。

1年強の経験があるアシスタントの女性です。

 

皆さま、どうぞ新人の加番を、そしてV:oltaをこれからもよろしくお願いいたします。

 

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New Order – All The Way

昨日のお休みは、映画館をハシゴして、ギヨーム・ブラックの『みんなのヴァカンス』とシャンタル・アケルマンの『アンナの出会い』を観てきました。

 

 

 

黄色の無地のものは『みんなのヴァカンス』のパンフレットです。

 

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まずはシネマート心斎橋で鑑賞した『みんなのヴァカンス』から。

 

 

 

ヴァカンス映画と言えば、エリック・ロメールかジャック・ロジエの十八番ですが、現代においてはギヨーム・ブラックがいます。

今作も凄く良い映画でした。

 

いつも僕が紹介している映画は小難しそうでなかなか観ようという気になれない、という方もいらっしゃるかと思いますが、本作はシネフィル気質じゃない方でも十分楽しめる映画だと思います。

 

男3人の一夏のヴァカンス旅。

なんてことないストーリーですが、暖かくて涙が出てきそうになりました。

 

楽しいヴァカンスもいつか終わり、夏もいつか終わる。

休暇の前に想像してた程、順風満帆なヴァカンスではなかったかも知れないけど、それでも大切な人と過ごした時間や景色というものは歳月が経つほどに眩しく色鮮やかに心に残るものです。

 

最後の夜に皆でバーのカラオケで歌っていた、クリストフの“愛しのアリーヌ”が心に沁み入りました。

 

 

 

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そして、夜はシネヌーヴォへ。

 

 

この『アンナの出会い』で、今回のシャンタル・アケルマン映画祭の作品は無事全部観ることができました。

 

その結果、好きな監督のベスト5に入るくらいアケルマン作品に魅了されました。

 

本作もこれをラストに観て良かったと思えるような作品でした。

ヨーロッパの夜を彷徨い歩く孤独で無表情のアンナの姿は、どこか『たぶん悪魔が』の主人公, シャルルを連想しました。

そしてアケルマンは、いつもショットが退廃的で美しい。

 

こちらの作品は、ある程度映画慣れしている方のほうがオススメできます。

個人的にはアケルマン作品の商品化も強く願っております。

今回の5作品のボックスセットが出るなら、たとえ価格が10万であろうが(本音を言えばなんとか2万円くらいで)喜んで払います。

アケルマンは、それくらい魅力的な監督ですし、魅力的な至宝の作品群でした。

 

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ということで、また今週も仕事頑張ります!

先日のお休みは、6~7年くらいぶりに東京へ行ってきました。

 

一番の目的は、東京国立近代美術館でされている展覧会『ゲルハルト・リヒター展』を観ること。

 

 

 

そして、せっかく行くので、他にも周りたいところを色々とピックアップしていたのですが、ちょうど大型の台風も接近していたので、今回は大人しく上のリヒター展に加え、三菱一号館美術館で開催されていた『ガブリエル・シャネル展』と、美術館を2つ行くだけにして帰ってきました。

 

 

まず、午前中に事前予約の取れなかったシャネル展へ当日券を目掛けて開場時間の30分前には現地に着いたのですが、さすがはシャネル、既に行列ができていました。

 

 

勿論、こんなことは想定内で、スマホにゴダール(R.I.P.)の『カルメンという名の女』をダウンロードしておいたので、映画を堪能しつつ入館を待ちました。

 

今回のシャネル展は、三菱一号美術館が財政面的にもかなり力を入れた展覧会で、シャネルの遺した洋服やアクセサリー等をこれだけ一堂に見られる機会はなかなかないので、とても貴重な体験をさせていただきました。

 

ガブリエル・シャネルは、女性デザイナーでは歴代において最も優れた人物だったのではないかと思っています。

今の時代、男女で分けて評価すること自体がナンセンスという考え方になってきていますが、シャネルが遺した功績というのは、まさに女性のライフスタイルや価値観までも革新的に変えたものでしたので、今後シャネルが後世に渡って語られる上では、当時の男女の性別差で存在していた差別や弊害という時代背景と共に多くの人に伝えられていってほしいなと思います。

 

 

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そして午後からは今回の旅の本命、『ゲルハルト・リヒター展』へ向かいました。

 

ゲルハルト・リヒターは、ナチスが政権を掌握する前年にドイツ東部のドレスデンで生まれました。

戦後、芸術大学で学び壁画家として評価されるも、ベルリンの壁が建設される直前の1961年、自由な表現を求めて西ドイツに移り住みました。

東ドイツで芸術活動をするにはVBK(東ドイツ造形芸術家団体)という職業団体に属する必要があり、反政府的とみなされたアーティストは職業の禁止を言い渡されることもありました。

 

 

今回の展覧会の目玉は、幅2メートル、高さ2.6メートルの作品4点で構成されるホロコーストを題材とした巨大な抽象画《ビルケナウ》です。

 

 

ドイツ人画家として、ホロコーストをどう表現するのか。長年の葛藤の末にたどり着いた境地が、この4枚組みの抽象画です。

アウシュビッツ=ビルケナウ強制収容所で隠し撮りされた写真をキャンバスに描きうつし、その上にスキージ(ヘラ)で絵の具を塗ったり削ったりして重層的な抽象画に仕上げられています。

 

僕自身、ホロコースト関連の本や映画はここ数年よく見ていたこともあり、この作品群を通して様々な思いが脳裏に浮かびました。

気づけば30分以上この空間にいました。

 

この他にも大小に限らず、リヒターの素晴らしい作品をたくさん観ることができました。

後でもう一回《ビルケナウ》のところに戻ったり、作品を充分に堪能して美術館を後にしました。

 

また今回も、非力なくせに重たいお土産をたくさん買ってしまいました。

 

 

 

このガラス入りのポストカードセットは、G1馬がG3のハンデ戦で背負う斤量くらいの重さを感じたのですが、また新たな宝物がひとつ増えました。

 

美術展を観にだけに東京に行ったのは今回初めてでしたが、作品の余韻を噛み締めながら乗る新幹線の帰路はとても心地良かったです。

 

また今回の経験を仕事で活かせるように頑張ります!

WANDA

2022.08.02.

Posted on 08.02.22

昨日のお休みは、またまた自転車に乗ってテアトル梅田へ向かい、バーバラ・ローデン監督の映画『WANDA』を観てきました。

 

 

 

本作は1970年に11万5千ドルという僅かな予算で制作された映画で、マーティン・スコセッシ監督設立のザ・フィルム・ファウンデーションと、イタリアのラグジュアリーブランド, GUCCIの支援を受けてフィルムが修復され、今回の上映に至りました。

 

ケリンググループ(旧グッチグループ)なんていつもロクなことしてないのに(失礼な言い方ですみません)、ちょっと見直しました。ちょっとだけですけど。

ソフィア・コッポラが意外にも本作の熱烈なファンらしく、そのへんとミケーレの繋がりでしょうか。

(ミケーレの感性からは『ワンダ』には行き着かないと思うので)

それならコッポラがナイスアシストです。

(コッポラの作風は本作とは全然違うと思いますが。。。)

 

前置きはこれくらいにして、本作はエリア・カザンの妻でもあったバーバラ・ローデン唯一の監督作品。

1959年にオハイオ州で起きた強盗事件がモチーフになっています。

 

支店長を誘拐して銀行の金を奪うつもりだったカップルの計画は失敗して男は射殺され、女も3週間後に逮捕される。

その女、アルマ・マローンは裁判で「生きていく理由なんてもう残ってないのに、それでも生きていきたかったんです」と語り、20年の懲役刑が言い渡されると裁判官に感謝の言葉を述べたと言います。

 

その様子が報じられた新聞記事を切り抜いて本作を構想したというローデンの感覚は、当時としてはかなり前衛的なものだったのだと思います。

ヒーローでもなく、アンチヒーローでもない女性の生き様がカタルシスなく描かれた本作は、どこかシャンタル・アケルマンの代表作『ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地、ジャンヌ・ディエルマン』にも通ずる精神性がありました。

 

いかにもインディ映画という感じの16ミリフィルムのザラザラとした質感の映像も、とても好みでした。

 

ケリー・ライカート(『リバー・オブ・グラス』)が、どれだけローデンに影響を受けたのかが、本作を観てよくわかりました。

 

ラストの退廃的で虚無感漂うフリーズフレームも良かったです。

 

ローデン(48際の若さで既に亡くなっています)の言葉で、印象に残るものがいくつかあります。

 

「シンプルな物語を語ることは、アヴァンギャルドであることよりも難しい」

 

これは(目指す方向性にもよりますが)美容師としてヘアスタイルを作る時にも言えることです。

僕もV:oltaという看板(風が吹いたらすぐに飛んでいきそうなくらいのものでしかないのですが)を掲げて10年以上やってきましたが、まだスタイリストになりたての頃はシンプルな髪型よりもアヴァンギャルドな髪型を作る方が難しいと思っていました。

ですが、ある程度のレベルを身につけてくると、シンプルでも“語れる”ような髪型の方が当然難しいと思えてくる訳です。

 

これまで長年お店をやってきて、未だに確信的な気持ちなんて全然持ててないのですが、最近ひとつこうありたいと思うことは、美容室として文化を感じてもらえるようなお店を目指したいということです。

 

今回映画を観たテアトル梅田は、先日、9月30日をもっての閉館が発表されました。

また関西から文化がひとつ消えるのか、と哀しい気持ちになりました。

 

巷の美容室をみても(とは言っても同業にはあまり興味が湧かないのでほぼ見てないのですが)、今までそんな系統ではなかったお店まで、最近ではこぞって“韓国系ヘア”を打ち出しています。

V:oltaは、時代に媚びたことも、流行を追うようなこともやりたくありません。

(やろうとしても上手くできない不器用さもあるのですが…)

 

ですが、そういう不器用なお店や施設ほど、今の時代は淘汰されていきます。

 

本作『WANDA』のフィルムは、閉鎖前のハリウッド・フィルム&ビデオ・ラボの書庫から廃棄寸前のところを発見され救出されました。

 

その時代では注目されなくとも、そこに“文化”があるものの価値というのは永遠に朽ちることはありません。

 

特別な才能など全くない自分が、美容室を通じてどこまでそういうことができるかというと自信はありませんが、意地とプライドまでなくなったら本当におしまいなので、僕は僕の生きる道をゆっくりとでも脇道にそれることのないように歩いて行きたいです。

 

あ、当店は幸いにも規模も小さく、こんなお店でも支持してくださるお客様が(今のところは)たくさん来てくださってるので、自分が頑張り続ければ当面は何とか大丈夫そうです。

(またこんなことを書くと、ターゲットの範囲がより一層少なくなりそうで心配ですが。。)

 

いつもこういう類の映画を観に行くと若い世代の客はほぼいないのですが、本作は若い方もたくさん観にきてて、少し嬉しい気分になりました。

その内の何人かでも、V:oltaに来てほしいものです。

 

ということで、ご興味のある方は、ぜひ閉館前のテアトル梅田へ足を運んでみてください!

僕もテアトル梅田にはこれまでお世話になったので、閉館まであと何回行けるかわからないですが、なるべく映画を観に行こうと思います。

 

長々とお読みいただいて、ありがとうございました。

Posted on 06.09.22

ロメールの『夏物語』を観終えた僕は、自分の気持ちに甘えが出ないように、先に夕方に観る予定の映画,『私、君、彼、彼女』の席を購入してからテアトル梅田を後にして、JR大阪駅へと向かいました。

でも、この時でさえもまだこの後京都に向かうという決心が出来ずにいました。

結論の先送りです。

 

JR大阪駅についてからも、京都へ向かう新快速の時間が表示されている電光掲示板をしばらく眺めながら、改札口を越えられずにいました。

心の中で、10ラウンド目を戦い終えてもう次のラウンドに向かう気力を失ったボクサーを必死で勇気づけているセコンドみたいに「絶対に行ける」と自分に言い聞かせる為の時間です。

何たって今日の僕の予定は、テアトル梅田→京都(イーノ)→テアトル梅田のトリプルヘッダー過密日程です。

昔、阪神時代の故野村元監督が、弱小時代の阪神においての苦肉の策,“遠山葛西スペシャル”というのをやっていましたが、それを思い出します。

 

なんとか新快速に乗り込んだ後は思ってたよりも全然平気で、30分で京都に着きました。

まあ、30分で着くのはわかってたんですけどね。何しろ乗り物酔いとかも結構するので。

 

 

ということで京都に着いた僕は、お昼ご飯を食べた後、次の目的地『BRIAN ENO AMBIENT KYOTO』展へ。

 

 

 

僕が音楽を好きになって、割とメジャーなロックからポスト・ロックやニュー・ウェイヴ, そして電子音楽を聴き出す頃には、既に“アンビエント”というジャンルが確立されていました。

その“アンビエント・ミュージック”は、ブライアン・イーノによって提唱されました。

(イーノ自身もフランスの音楽家,エリック・サティの「家具の音楽」から影響を受けています)

 

Roxy Musicへの参加、ジョン・ケージやヴェルヴェッツ~クラウトロックやアフリカ音楽からの影響、アンビエント・ミュージックの提唱、No Waveとの出会いから “No New York”プロデュース、トーキングヘッズやデヴィッド・ボウイへのプロデュース、そして自身の音楽活動。

 

これらはコアな音楽リスナーなら強い関心を持ってきたであろう音楽やムーヴメントです。

イーノがどれほど早い段階でこれらの音楽が前衛的だったり興味深いものであると察知し、それを取り入れ、世間に広めてきたか。

ブライアン・イーノという存在が音楽やカルチャーに与えた影響というのは、音楽を知れば知る程、途轍もないものだとわかります。

しかも、上に挙げたような活動は、イーノの音楽活動の中でも代表的なものを抜粋しただけです。

 

更にイーノは、音楽だけではなくビジュアルアートなどの映像作品でも素晴らしい作品を数多く残しています。

(というか、むしろイーノは元々美術学校でビジュアルアートを学んでいました)

 

 

今回の『BRIAN ENO AMBIENT KYOTO』は、ブライアン・イーノの世界観を存分に体感できる、音と光の展覧会となっております。

 

会場は、京都中央信用金庫 旧厚生センター。

3階建ての建物の各部屋に、それぞれ異なるインスタレーションが展示されていました。

 

個人的に特に良かったのは、3Fの“The Ship”と1Fの“77 Million Paintings”です。

“The Ship”は、タイタニック号の沈没、第一次世界大戦、そして傲慢さとパラノイアの間を揺れ動き続ける人間をコンセプトの出発点とした作品です。

か細い光が暗闇の幾分かを照らしている程度の暗い部屋に、様々な形状のスピーカーが4面の壁に配され、そこから音楽が流れます。

スピーカーの種類をあえてバラバラで不均一なものにしたのは、音の質感にあえて変化を出す為らしいです。

 

“音のインスタレーション”とも言える音の立体的質感が素晴らしかったです。

ヴェルヴェッツのカヴァー曲「I’m set free」もより一層心に染み入りました。

 

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“77 Million Paintings”は、イーノが長い年月をかけて描いてきた絵画や撮りためてきた写真など、複数の画像をランダムに映し出し、ゆっくりと融合させ変化させ続けるヴィジュアルアート作品です。

その複合画像の組み合わせは、タイトル通り7700万通り。

映像と共に流れているアンビエント・サウンドも、幾つかの音のレイヤーを生成的に配合したもの。

 

例えば2本のカセットテープがあって、片方の長さが10分07秒(607秒)、もうひとつが12分11秒(731秒)だとすれば、これら2本のカセットが再び同期するだけでも443,717秒(約5日間)かかります。

イーノはひとつの音をループさせ、それを幾重かにレイヤーさせることで、今聴いている音というものも移り変わり続けるヴィジュアルアートと同様に「今この瞬間しか現れないもの(今を逃すと当分の間見れない組み合わせ)」を作り出しています。

 

どちらのインスタレーションも時間が許す限り、この場に留まっていたいと思うようなものでした。

 

イーノ・ショップでは、展覧会の図録と、イーノファンならお馴染みの『オブリーク・ストラテジーズ』を買ってきました。

 

 

 

 

この2つでも1万円以上したのですが、インバウンドの中国人みたいにこれ以外にももっと爆買いしとけば良かったと今になって少し後悔しています。

 

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僕が『BRIAN ENO AMBIENT KYOTO』に行ったのが月曜日で、ちょうどその次の日にDOMMUNEの生配信でイーノ特集をやってくれてたので(実に8時間!)、素晴らしい復習ができました。

 

この記事でもイーノのことを書くと、僕がかなりイーノに詳しい人物だと思う方がいらっしゃると思いますが、僕なんてイーノの知識レベルではまだまだビギナーに毛が生えたくらいだと思います。

エキスパートレベルはDOMMUNEに出演してたような人達で、僕なんかはその話を「なるほど」と聞いてるくらいですが、当店のお客様にはそのエキスパートレベルの人達の会話でも間違ったことを言ってたら気付けるくらいの中級レベルの方が5人以上はいらっしゃると思います。

自分自身もそういう方々から日々インプットさせていただいています。

お金をいただいてるのはこちらなのに、本当にいつも感謝しております。

 

僕も近日中にもう少しレベルを上げて、開催期間中にもう一度展覧会に行きたいと思っています。

ちなみに短期間でイーノのレベルを上げる為には、クラウトロックやノー・ウェイヴなど最初の方に書いたムーヴメントのこともそれなりに知っておく必要があります。

イーノの音楽は割と万人にも親しみやすいものだと思いますが、イーノのやってきたことを深く理解する為には音楽史における相当な知識だけでなく、文化人並みの教養も必要となります。

即ちビギナーとその上のレベルの間には、天と地ほどの距離があるように感じています。

ですが、それが理解できてくるほど楽しいことはありません。

 

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展覧会は夕方の映画に間に合うように出て、奥さんへのお土産に京都伊勢丹で麩饅頭を爆買いして大阪に帰りました。

次は夕方に観たアケルマンのことを書きます。

 

最後に、石野卓球が本展開催にあたり寄せたコメントが秀逸だったので、その言葉で締めさせていただきます。

「基本、イーノは いいのが 当たり前」

 

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気になる方は、DOMMUNEのアーカイヴも観てみてください!

 

 

 

Posted on 06.08.22

先日の月曜日のお休みは雨が滴る中、朝から電車に乗って梅田へ向かい、テアトル梅田でエリック・ロメール監督の映画『夏物語』を観てきました。

 

 

 

いつもはテアトルには自転車で行くのですが、今回電車で行ったのには理由があって、ひとつは当日が終日雨模様だったということ、そしてもう一つはこの日の予定がこの映画だけではなかったということです。

 

事前に考えていた予定では、朝にロメールの『夏物語』を観て、そこから京都に向かいブライアン・イーノの展示会『BRIAN ENO AMBIENT KYOTO』に行って、そこから再度テアトル梅田に戻ってシャンタル・アケルマンの『私、あなた、彼、彼女』を観るという、外出時はロープレでいうところの“毒状態”くらい断続的にダメージを受けてしまう自分には無謀とも言えるスケジューリングを組んでしまっていて、当日のこの日も無理そうなら京都のイーノは諦めて後日に回して一旦帰ろうと自分に言い聞かせて出かけました。

 

なぜにこんな無茶な予定になるかというと、最近ヌーヴェルヴァーグ系の映画監督の映画祭が同時多発的に開催されてて、事前にその情報をキャッチした僕は嬉しくなってそれらの映画祭の前売り券をポーカーができるくらいしこたま買ってしまってたんです。

エリック・ロメールの四季の物語なんて、ブルーレイ新旧2枚両方とも所有してる(両方買ったのはそれぞれの付属解説を読む為です)のに、前売り特典のポストカード欲しさに一枚買いました。

そして、それらの前売り券を使って観れるのが関西ではテアトル梅田で、しかもほぼ同時期に上映するものだから、前売り券を買ったのに観れないまま終わってしまうことを人一倍もったいなく感じてしまう性格の僕はこの6月前半の貴重な休日の全てを映画に捧げることにしました。

 

ということで、3つのことを書くとまたかなり長いブログになりそうなので、“梅雨空3部作”(笑)と題して3つの記事に分けたいと思います。

 

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ということで、話を戻して一日の始まりはエリック・ロメールから。

 

 

 

僕が今回観たのは、エリック・ロメールによる4部作『四季の物語』の3作目の『夏物語』

ロメールはこの4部作を春→冬→夏→秋の順で完成させました。

僕は変なところにこだわるタイプのA型なので、去年の春に『春のソナタ』を、冬に『冬物語』をそれぞれ所有していたブルーレイで鑑賞し、今年の夏と秋に残りの2作を順番通りに観ようとしていたところに今回のリマスター上映があったので、自分に「今はもう初夏なのだ」と言い聞かせてこの時期に鑑賞しました。

4部作のうち、どれかひとつは映画館で観たい気持ちもあったので良かったです。

 

 

本作の舞台は、ブルターニュ地方のリゾート地。

ジャケットにも写っているヒロインの一人,アマンダ・ラングレは、『海辺のポーリーヌ』以来12年ぶりのロメール作品復帰。

最初、レストランのウェイトレスとして登場して主人公を接客し、その後ビーチで再開してアマンダ(ラルゴ役)の方から声をかけるのですが主人公は最初誰か気づかず、「髪を括ってる時と雰囲気が違うでしょ」と言われてレストランの子だと気づくのですが、僕もそのタイミングで「ポーリーヌの子だ」と気付きました。これもロメールの狙いのひとつだったのでしょうか?

 

ちなみに、この日地下鉄の梅田駅からテアトル梅田の方へ歩いて向かっていると、前から歩いて来た女性が「こんにちは」と声をかけてくださったのですが、僕が一瞬では(マスクもしてるし)誰かわからずオドオドしていると「〇〇です」とわざわざお名前を名乗って伝えてくださいました。

めっちゃお客様でした。

すぐに気づけずにスミマセンでした、が、僕のプライベートのスイッチオフ具合はいつもこんな感じなんです。

V:oltaにはオシャレなお客様がたくさん通ってくださってるので、どうしても目が慣れてしまうのですが、外で偶然お客様に会った時は(贔屓目なしに)いつも一段とオシャレに見えます。

そういった方のヘアスタイルを担当させていただいていることも、とても光栄に思い、プレッシャーとともに大きなやり甲斐も感じております。

 

 

早速、話が逸れてスミマセン。

やはりロメール映画は、夏, バカンス, そして海辺の景色と、3つの舞台が揃うと(特に)無類の強さを発揮します。

主人公はイケメンなのにインテリで、音楽も嗜んでしまうという、カルチャーに明るい女性からすれば理想の彼氏像みたいに最初は写るのですが、大多数の女性は観終わる頃には「こんな男はイヤだ」と思うであろう奴でした。

 

現代のロマンチックな恋愛大作映画とは全く違って、話が進むにつれ観るものをゲンナリさせるという。。

さすがはロメールというストーリーでした。

 

何も大したことも起こらない一夏の他愛もない出来事を、時間を忘れるくらい引き込まれていくような会話劇に仕立てる、その感覚と才能が素晴らしいです。

 

残す1作『秋の恋』は、今年の秋に観ようと思います。

 

という休日の午前~正午でした。

続く

デュエル

2022.05.26.

Posted on 05.26.22

先日のお休みは、またまたテアトル梅田へ向かい、ジャック・リヴェット監督の『デュエル』を観てきました。

 

 

今回のジャック・リヴェット映画祭のポスターに「夢と 魔法と 冒険と」とありますが、ジャック・リヴェット監督の作品はまさにこの3つのキーワードがピッタリです。

そして、この3つは僕に一番欠けている要素でもあります。

 

ジャック・リヴェットは、ゴダールやトリュフォー, エリック・ロメールらと共にヌーヴェルヴァーグを代表する監督の一人です。

今回の映画祭では、今回観た『デュエル』も含め、日本劇場初公開の作品もいくつかあるので、関西での公開を楽しみにしていました。

 

ジャック・リヴェットの作品は、上のキーワードに現れているようにファンタジーの要素が強くて、僕はこの歳になってもディズニーランドに一度も行ったことがないくらいファンタジーやメルヘンとは無縁な何の面白みもない現実派人間なので、他のヌーヴェルヴァーグの監督に比べるとストーリー的にはいつも少しツボからは離れてるのですが、それでもリヴェットの創り出す世界観や映像というのはそんな“ノー・ファンタジー,イエス・リアリティー”な僕にとってもとても魅力的に感じるくらい素晴らしいものです。

 

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今作『デュエル』は、ジェラール・ネルヴァルの小説に着想を得て構想した4部作『火の娘たち』の1作目。

現代のパリを舞台に、月の女王と太陽の女王が魔法の石を巡り対決するという話。

 

 

僕にとっては、もう絶対に監督がジャック・リヴェット以外なら全く興味を惹かれないストーリーです。

でも、とても良かった。

 

観客の方々は、予想通り年齢層高め(というか、シルバー割引の対象になる方の割合がかなり高かったのではないかと思います)でしたが、ジャック・リヴェットの映画は若い世代の(特に女性の)方が観ても、とてもオシャレな映画(観てないし観るつもりもないですがおそらく『ハウス・オブ・グッチ』なんかの1万倍くらいは)だと感じられるのではないでしょうか。

ストーリーは難解なので一回では理解できない人がほとんどだと思いますが、それは僕みたいなこういう映画を好んで観に行ってる人達の中でも多少の差はあれどその感覚はそこまで大きく変わらないという人も多いのではないかと思います。

 

 

うまく例えられないですが、カフェオレやカフェラテを好んで飲む人にとって濃いめのブラックコーヒーは最初苦くて飲めないですが、飲み慣れてくるとミルクや砂糖も必要なくなってくる人も出てくるみたいに、こういう作品に触れることで自身の知識や感性がより深いところに気づけるようになってくるということもあるのではないでしょうか。

 

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ちょうど同じテアトル梅田でジャン・リュック・ゴダールの『勝手にしやがれ』と『気狂いピエロ』もリバイバル上映されてて、こちらはパンフレットが売ってたので、観るのはリヴェットでゴダールは観ない(作品はDVD等で観てます)のにパンフレットだけ購入してきました。

 

 

僕のヌーヴェルヴァーグへの入り口はゴダールでした。

同じような方も多いのではないでしょうか。

 

ゴダールにまつわる僕のどうでも良い話では、まだ学生の頃に『気狂いピエロ』を観て衝撃を受けて、当時やっていた競馬ゲーム「ダービースタリオン」の一番強い馬(競走馬になる前に名前をつけるので、絶対に強くなると思った若駒)の名前に“ジャンリュック”と名付けました。

ジャンリュックは年度代表馬を3回獲りました。

僕のネーミングセンスを知ってたら、きっと金子真人氏も嫉妬してたんじゃないかと思います。

ちなみに、その頃は谷六のからほり商店街の近くに住んでたので、冠名をつける際は“カラホリ”にしてました。めちゃダサいです。

 

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死ぬほどどうでも良い話だったと思いますが、何にせよまだその頃は『気狂いピエロ』を『時計じかけのオレンジ』や『トレインスポッティング』と同様に視覚な刺激で捉えることしかできてなくて、ゴダールが政治映画も撮ってたこともジャック・リヴェットという存在すらも知らなかったです。

その頃に比べると幾分かは視野が広がってきた今は、その頃の何十倍も映画を楽しめています。

 

 

誰もがそういう感性(優れているという意味ではなくて)を持っている訳ではないと思いますが、当店に通ってくださってるような(もしくは興味を持ってブログを見てくださってるような)方は、そういった素質を持った方が多いのではないかと思っていますので、ご興味のある方はぜひジャック・リヴェット作品もご覧になってみてください!

 

 

湖のランスロ

2022.05.11.

Posted on 05.11.22

先日のお休みは再びテアトル梅田へ自転車に乗って向かい、『湖のランスロ』を観てきました。

 

 

 

ブレッソンの映画は、人生を通して時間をかけて作品を少しずつ観ていこうと思っていたのに、先日の『たぶん悪魔が』に続いて連続でテアトルで上映してくれるし、今回の2作はポストカード付きの前売り券も前もって買ってたので、ちょっと贅沢ですが短い間隔で2作品観てしまいました。

『湖のランスロ』もBlu-rayは所有していましたが、ヴィンテージワインのように(僕はお酒が全く飲めないのですが…)大切にとってあったので、まだ未見でした。

 

本作は、ド・トロワによる中世のアーサー(アルテュス)王の聖杯探求伝説を基に、王妃グニエーヴルと円卓の騎士ランスロの禁断の恋を中心に描いた時代劇。

中世の物語と聞けばスペクタクルなものを想像される方が多いかと思いますが、ロベール・ブレッソンの手に掛かればまるで写実主義の絵画のような佇まいの作品になります。

 

冒頭のシーンは、ゆるやかにはじまるブレッソンにしては珍しく、甲冑の騎士同士の生々しい斬り合いから始まりましたが、その画が凄くていきなり圧倒されました。

ブレッソンの映画は、いつも音楽もなくて静かなんですが、今作でもその静かな画面から聞こえる甲冑の擦れる音や馬の鳴き声や蹄の音が心地良すぎて、時折ウトウトしてしまいました。

 

 

ブレッソン作品を観る度にいつも印象に残るのは、モデル達(ブレッソンは俳優のことをモデルと呼ぶ。素人を起用し「演技」はさせない)の“手”の動きや仕草です。

特にブレッソン監督の映画は、手から登場人物達の複雑で繊細な感情が伝わってきます。

 

 

この日は映画館に向かう時,雨が降ってたので、自転車で傘をさしながら行ってたのですが、帰りは雨が止んでたので、すっかり中世の騎士気分の僕は騎士が馬に跨るように颯爽と自転車に乗って、閉じたままの傘を槍に見立てて腰くらいの位置から真上を向くようにヒジを直角にして持って意気揚々と帰宅しました。

多分、周りの人からは変な自転車の乗り方してるやつだと思われたと思います。

 

 

帰宅後、ちょっとウトウトしてしまった場面もしっかり観返したかったので、所持していた『湖のランスロ』の封を切って、最近引っ越した際に張り切って設置した(アラジンとかの類ではなくガチの)プロジェクターに、これまたベランダで読書したいなと思って購入した折り畳み式のリクライニングチェアが届いたところだったので、プロジェクターを設置した寝室(子供に邪魔されないように寝室に設置したのに、たまに子供向けの映画館と化すという…)のベッドの隣にリクライニングチェアを広げて部屋の照明を落として早速再鑑賞したのですが、 NASA が考案した「ゼログラヴィティ(無重力)」姿勢理論が導入されているというリクライニングチェアの座り心地は並大抵のものではなく、途中くらいまでは観てた記憶があるのに気づいたらタイトルのチャプター画面に戻ってて、結局昨日ようやく全部観返すことができました。

 

 

反復に次ぐ反復表現、そして円環構造。(湖のランスロの感想です)

ブレッソンの映画からはいつも大切なものを学ばさせてもらっています。

自分にとっては大切なだけで、本当はどうでも良いものなのかも知れないですが。。

 

神曲

2022.05.01.

Posted on 05.01.22

先日、『神曲』からインスピレーションを得て作られた香水を買ったので、いつかは読もうと思っていた書籍の方も購入しました。

 

 

装丁がカッコ良かったので、ハードカバーの本書にしました。

 

映え系スイーツショップの無駄に贅沢感を演出している入れ物の箱くらいの分厚さがありますが、忙しい日々の合間を縫って少しずつ読み進めて行きたいです。