昨日のお休みは、ヴィム・ヴェンダース監督の新作『PERFECT DAYS』を観に映画館へ行ってきました。
今作の制作の背景には、ユニクロでお馴染みのファーストリテイリング社の柳井康治氏が発起人となったプロジェクト, THE TOKYO TOILET (以下,TTT)があります。
TTTは、渋谷区にある公共トイレを世界的な建築家やクリエーターにデザインを依頼して、それぞれの視点でリニューアルされている公共プロジェクトです。(現在までに17ヶ所が完成)
これらのトイレには専門の清掃員がいます。
「その清掃員を主人公にした短編映画を撮ろう」
そこからこの企画は産まれ、監督としてヴィム・ヴェンダースにオファーを出したそうです。
今作の主人公,役所広司さん演じる平山(小津安二郎の名作『東京物語』で笠智衆が演じた主人公と同性)の仕事はトイレ清掃員。
正直、このプロジェクトの背景を知った時は、エリートで裕福な大手企業や自治体が協賛した映画なんて分かりやすくて薄っぺらいものにされているんじゃないか(色々と協賛企業から変なお願いされたりetc…)とヴェンダースを心配しましたが、そこはさすがはヴィム・ヴェンダース、素晴らしい作品を完成させていました。
一人のトイレ清掃員の特に何も起こらない日常を通じて、人生における哲学を投げかけています。
しかも小難しい作りではなく、普段邦画やエンタメ作品に慣れ親しんでいる日本人にも観やすい作品に仕上げているのは、本作でヴェンダースと共に共同脚本を手がけた高崎さんを始め日本人スタッフの参加がプラスに働いている部分なのだろうなと思いました。
この映画で、ヴェンダースは“木漏れ日”というワードをひとつのテーマにしていました。
「森林などの木立ちから太陽の日差しが漏れる光景」を指すこの言葉は、翻訳して表すのがとても難しいらしいです。
樹木に風が吹き込めば、枝や葉が揺れ、地面に映し出される影と光は細やかに交差します。
僕が住んでいる大阪市西区地域はとても住みやすく、近隣にも安心して子供を遊ばせることができる公園がたくさんあります。
天気の良い日には、そこにはたくさんの子供たちやその保護者の姿があります。
しかし、その同じ空間にいても、本作の主人公のようなトイレ清掃員のことや、そのベンチに佇んでいるホームレス風の人物のことをどれだけの人が気にかけるでしょうか?
中には、小綺麗にしている自分達とは住んでいる世界が違うのだと、どこかで線引きする気持ちを持ったりしている人もいるのではないでしょうか?
僕自身も、それなりに安くない金額をいただいて、ヘアデザインを楽しんでくださる比較的恵まれた環境のお客様を相手に仕事させていただいているという現実の中で暮らしています。
自分の趣味も、ファッションやアート、映画や音楽など、購買意欲を強く刺激されるようなものが多いです。
本作の主人公,平山の趣味は、読書と音楽鑑賞,フィルムカメラで、自分にも共感する部分が多かったですが、それらを満たす為には古本屋の100円文庫と安物のコンパクトカメラ,そして随分昔に買った好きなアーティストのカセットテープで十分でした。
とても質素ですが、それでも十分に満足できる暮らしにも思えました。
自分の考え方や暮らしにも、多くの矛盾を突きつけられているようでした。
僕は現代において、今の10代後半~30歳くらいの若い世代の子達が(大衆的ではない)カルチャーに益々興味を持たなくなっているように感じているのですが、それはただ単に彼らの近くでそれらの存在を伝えられるような環境が少なくなっているだけなのかも知れません。
自分自身もネットで本を注文することも増えましたが、それでもやはり週に一回は本屋に行くようにしています。
それは、ネットだと自分のテリトリの情報しかキャッチできない時が多いからです。
本屋に行くと、グルリと見て回るだけでも、新しく発見できるものが毎回必ずあります。
本作のタイトルである『PERFECT DAYS』は、ルー・リードの名曲“Perfect Day”から取られています。
作中では、他にもパティ・スミスの“Redondo Beach”など、主人公,平山の性格やセンスの良さが垣間見れるような素晴らしいプレイリストが構成されています。
本編を通じて主人公の生き方やこれまでの人生のバックグラウンドを観客に理解,想像させてのラストシーン、目に涙を溜めながら必死で笑おうとする平山の表情の長回しには、とても考えさせられるものがありました。
作品を観終わって、売店でパンフレットを買って、僕はエレベーターに向かわずに誰も使っていない階段を使って下へ降りました。
涙が今にも流れそうに込み上げてきていたからです。
階段まで何とか泣くのを我慢できて安心したのか、溢れてくる感情が涙となって現れてしまいましたが、僕は階段を降りながらラストシーンの平山を見習って他のパーツで必死に笑顔を作り、一階に辿り着く頃には何事もなかったかのように道行く人に溶け込み、ひとり静かに帰宅しました。
少しでも多くの現代人に観てほしいと思う作品でした。
まだご覧になられていない方は、ぜひ映画館で観てみてください!