Posted on 06.11.24

昨日のお休みは引き続きニナ・メンケス特集ということで再びテアトル梅田へ、『クイーン・オブ・ダイヤモンド』を観てきました。

 

 

画像の左側はチラシで、右側がパンフレットですが、どちらも『クイーン・オブ・ダイヤモンド』の劇中のショットを切り取ったものです。

両方バチバチにカッコイイ!

 

特に右側のヤシの木が燃える様子を延々長回しで写すショットは圧巻でした。

(今の時代ならこのシーンを撮影すること自体に問題提起されそうな感じもしますし、ちょっぴりヤシの木が可哀想にも思いましたが)

 

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今作の主人公は『マグダレーナ・ヴィラガ』に引き続き、監督ニナ・メンケスの妹であるティンカが務めています。

主人公フィルダウスは、昼間は老人の介護をし、夜はラスベガスのカジノでカードを配っています。

 

派手なネオンライトで装飾された欲望に溢れるカジノのブラックジャックディーラーを、無機質で退廃的にただ延々と映し出すところは『ジャンヌ・ディエルマン』からの系譜のように思えました。

 

時系列も無茶苦茶、狂気の長回しの連続、反復する倦怠感…

 

ニナ・メンケスのカッティングエッジな映像と退廃性は、ドイツの映画監督,ウルリケ・オッティンガーの『アル中女の肖像』にも似ているなと感じました。

 

(コアな)映画好きの方は、観ておくべき作品だと思いますので、ご興味のある方はぜひテアトル梅田へ足を運んでください!

 

 

Posted on 06.05.24

先日のお休みはテアトル梅田でニナ・メンケス監督の映画『マグダレーナ・ヴィラガ』を観てきました。

 

 

 

映画のタイトルも映像もバチバチにカッコイイ!

本作の主演は、監督ニナ・メンケスの実の妹ティンカ・メンケスが務めています。

こちらもとてもカッコ良い俳優さんでした。

 

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本作の主人公は娼婦。

シャンタル・アケルマンの名作『ジャンヌ・ディエルマン』は、終盤までベッドシーンを一切映しませんでしたが、本作は逆で客達とのベッドでの様子、特に主人公の表情を執拗に映し出していました。

その表情は、娼婦という仕事に少しずつ精神を蝕まれているような虚無と怠惰の混在した静かなもので、とても複雑な感情を語りかけてきているように感じました。

 

ニナ・メンケス監督は、女性達が対峙する内面世界や男性からの性差別的な視点などをテーマに作品を作るフェミニストの映画監督でもあります。

僕は、普段から女性だけではなく人付き合いそのものが下手な性格なのですが、このような作品を鑑賞することで少しでも自分自身の見識も深めていきたいと思っています。

 

テアトル梅田では、来週はニナ・メンケス監督の別の作品『クイーン・オブ・ダイアモンド』(こちらもタイトルめちゃカッコイイ)が上映されますので、ご興味のある方はこちらもぜひご覧になってみてください!

OPPENHEIMER

2024.04.17.

Posted on 04.17.24

先日のお休みは、シアタス心斎橋でクリストファー・ノーランの新作『オッペンハイマー』を観てきました。

 

 

本作の主人公,オッペンハイマーは原爆の生みの親であり、日本は世界で唯一の被爆国ということもあって、一時日本での劇場公開はないんじゃないか(いくらなんでもそれは過剰措置だと思います)と言われていましたが、だいぶ遅れてではありますが日本でも公開されたので映画館で観たいと思いました。

 

ノーランの凄いところはたくさんあると思いますが、僕が特に気に入っているのは彼がこんなにSF的な作品をたくさん撮っているにもかかわらずCGを一切使わずアナログ撮影に拘っているところです。

本作は35mmフィルム版もあると聞いて、どこかでやってるならそれを観たいと思ったのですが、残念ながら関西では上映されないということで、3時間でもなるべくお尻にダメージが蓄積されないようにコンフォートシートなる寝そべったまま観れるシートのあるシアタス心斎橋で観ることにしました。

 

カラーとモノクロを使い分けた構成で、時間軸を巧みに操るノーランマジックは相変わらずお見事でした。

そしてトリニティ実験のシーンは特に素晴らしかったです。

 

 

緊張感のある映像と音響。

本作はわざわざIMAXで観る必要はないかなと思いましたが、音響の良い映画館で観ると良いかも知れません。

個人的には、ここ最近のノーラン作品では一番好きでした。

 

 

 

ご興味のある方は、ぜひ映画館に足を運んでみてください!

先日のお休みは、ジャン=リュック・ゴダール監督の遺作『ジャン=リュック・ゴダール/遺言 奇妙な戦争』を観てきました。

 

 

本作の原題は、『決して存在することのない「奇妙な戦争」の予告編』

“奇妙な戦争”は、生前のゴダールが企画していた構想でしたが、その映画は完成することはなくゴダールは安楽死を選びました。

長編映画の完成を諦めたゴダールでしたが、その代わりに約20分の短編映画となる本作を遺しました。

そして、それが私達が決して観ることのできない映画の予告編だなんて、、

ゴダール、最後までカマしてくれます。

 

 

冒頭、アーサー・ペンの『奇跡の人』の抜粋写真に、手書きで「映画『奇妙な戦争』の予告編」と書かれたコラージュの静止画から映画は始まります。

しかし、無音で続くその静止画は長い時間次のカットに進みません。

僕は心の中で笑けてきました。

 

ファスト映画とか“タイパ”とか言う言葉まで生まれるような、日々時間に追われて忙しすぎる現代に向けて、ゴダールはたった一枚の静止画だけで痛烈な批判をしています。

もう、言葉さえも必要ない。

 

その後も、自身が一度破壊した映画の枠組みをさらに解体して、さらに自由に再構築したような斬新過ぎる構成のオンパレードで、これは計算し尽くされた超難解なものなのか、それともその大部分は人生の最終盤を迎えたゴダールの気まぐれによるものなのか、浅学の僕には解りかねました。。

 

でも、最後のゴダールの勇姿を映画館で観ることができて良かったです。

まだ観れていないゴダール作品も多いので、それらを観ることもこれからの楽しみです。

 

まだゴダールを観たことがないという方は、まずは彼の処女作『勝手にしやがれ』を観てみてください!

NOSTALGIA

2024.02.22.

Posted on 02.22.24

先日のお休みは、梅田のシネリーブルで大好きなタルコフスキーの映画『ノスタルジア』の4K修復版を観てきました。

 

 

 

実はこの日観たい映画がもう一本ありました。

ヴィクトル・エリセの新作『瞳をとじて』です。

 

 

『ノスタルジア』の上映時間は夕方からしかなかったので、両方観るなら午前開始時間のエリセ(3時間弱の大作)、映画館をハシゴしてタルコフスキーのルートだったのですが、タルコフスキー前に体重が3kgは落ちてそうな気がするので、夕方までは家から一歩も出ずに英気を養い、万全の体調でシネリーブルへ向かいました。

 

エリセも素晴らしい映画監督で『ミツバチのささやき』などは特に感動的でしたが、それでもそのエリセの新作を無理して観ないという選択をしてでも、Blu-rayを所有してて何度も観たことのあるタルコフスキーの『ノスタルジア』を映画館で観れるということの方が僕には価値が高く思えました。

それくらい大好きな映画監督ですし、大好きな作品です。

 

 

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エリセの新作を予習してた時、その本編の中で「カール・テオドア・ドライヤーが死んで以来、映画に“奇跡”は起きていない」というセリフが出てくるそうです。

いや、タフコフスキーがいるじゃないか。

僕はそう思います。

 

タルコフスキーは、本作『ノスタルジア』でも映画史に残る奇跡のようなショットを連発しています。

 

 

 

 

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本作の冒頭のシーンで、ヒロイン,エウジェニアは主人公アンドレイにピエロ・デラ・フランチェスカが描いた“マドンナ・デル・パルト”(出産の聖母)を見に行こうと言います。

ですが彼は「美しい景色など見飽きている」と言って同行しませんでした。

 

このセンテンスは、SNS等の普及によって益々マジョリティな人々の趣向が均一化していく現代において、より皮肉さが増しているように思います。

皆に共通して認識されている“美しいもの”よりも、誰にも気づかれていない“美しいもの”を発見した時の方が余程面白いです。

 

 

水、火、光、闇_

陰影に富んだ映像と繊細な音響。

空間、時間、そして人間の葛藤を巡る、タルコフスキーによる詩的宇宙の極致。

 

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映画の奇跡を目にされたい方は、ぜひシネリーブル梅田に足を運んでみてください!

 

Posted on 02.09.24

先日、仕事が少し早く終わったので、そのままパルコに入っているシアタス心斎橋へ向かい、レイトショーで ヨルゴス・ランティモス監督の新作『哀れなるものたち』を観てきました。

 

 

 

本作の主人公は、新生児の脳を移植された身体は大人の女性,ヴェラ。

無垢な感情を持つ彼女は、「世界を自分の目で見てみたい」という思いからヨーロッパ横断の旅に出るという、人間の本質や階級社会の在り方,そしてフェミニズムにも訴えかけるダークファンタジー作品。

 

 

ランティモスの才能は、本当に素晴らしいです!

豪華絢爛な衣装や映像にはうっとりさせられ、ストーリーは知的でありつつもクセが強い。

しかもブラックユーモア満載。

僕はいつもランティモスのツボからは絶妙にズレている感覚で、面白いけどクスリとはならないのですが、近くで観ていらっしゃった外国人の方は声出して爆笑してました。

世界の感覚は深いです。

 

 

ご興味のある方は、ぜひ映画館に足を運んでみてください!

 

PERFECT DAYS

2024.01.30.

Posted on 01.30.24

昨日のお休みは、ヴィム・ヴェンダース監督の新作『PERFECT DAYS』を観に映画館へ行ってきました。

 

 

 

今作の制作の背景には、ユニクロでお馴染みのファーストリテイリング社の柳井康治氏が発起人となったプロジェクト, THE TOKYO TOILET (以下,TTT)があります。

 

TTTは、渋谷区にある公共トイレを世界的な建築家やクリエーターにデザインを依頼して、それぞれの視点でリニューアルされている公共プロジェクトです。(現在までに17ヶ所が完成)

 

 

これらのトイレには専門の清掃員がいます。

「その清掃員を主人公にした短編映画を撮ろう」

そこからこの企画は産まれ、監督としてヴィム・ヴェンダースにオファーを出したそうです。

 

今作の主人公,役所広司さん演じる平山(小津安二郎の名作『東京物語』で笠智衆が演じた主人公と同性)の仕事はトイレ清掃員。

 

正直、このプロジェクトの背景を知った時は、エリートで裕福な大手企業や自治体が協賛した映画なんて分かりやすくて薄っぺらいものにされているんじゃないか(色々と協賛企業から変なお願いされたりetc…)とヴェンダースを心配しましたが、そこはさすがはヴィム・ヴェンダース、素晴らしい作品を完成させていました。

 

一人のトイレ清掃員の特に何も起こらない日常を通じて、人生における哲学を投げかけています。

しかも小難しい作りではなく、普段邦画やエンタメ作品に慣れ親しんでいる日本人にも観やすい作品に仕上げているのは、本作でヴェンダースと共に共同脚本を手がけた高崎さんを始め日本人スタッフの参加がプラスに働いている部分なのだろうなと思いました。

 

この映画で、ヴェンダースは“木漏れ日”というワードをひとつのテーマにしていました。

「森林などの木立ちから太陽の日差しが漏れる光景」を指すこの言葉は、翻訳して表すのがとても難しいらしいです。

樹木に風が吹き込めば、枝や葉が揺れ、地面に映し出される影と光は細やかに交差します。

 

 

僕が住んでいる大阪市西区地域はとても住みやすく、近隣にも安心して子供を遊ばせることができる公園がたくさんあります。

天気の良い日には、そこにはたくさんの子供たちやその保護者の姿があります。

 

しかし、その同じ空間にいても、本作の主人公のようなトイレ清掃員のことや、そのベンチに佇んでいるホームレス風の人物のことをどれだけの人が気にかけるでしょうか?

中には、小綺麗にしている自分達とは住んでいる世界が違うのだと、どこかで線引きする気持ちを持ったりしている人もいるのではないでしょうか?

 

僕自身も、それなりに安くない金額をいただいて、ヘアデザインを楽しんでくださる比較的恵まれた環境のお客様を相手に仕事させていただいているという現実の中で暮らしています。

自分の趣味も、ファッションやアート、映画や音楽など、購買意欲を強く刺激されるようなものが多いです。

 

本作の主人公,平山の趣味は、読書と音楽鑑賞,フィルムカメラで、自分にも共感する部分が多かったですが、それらを満たす為には古本屋の100円文庫と安物のコンパクトカメラ,そして随分昔に買った好きなアーティストのカセットテープで十分でした。

とても質素ですが、それでも十分に満足できる暮らしにも思えました。

自分の考え方や暮らしにも、多くの矛盾を突きつけられているようでした。

 

僕は現代において、今の10代後半~30歳くらいの若い世代の子達が(大衆的ではない)カルチャーに益々興味を持たなくなっているように感じているのですが、それはただ単に彼らの近くでそれらの存在を伝えられるような環境が少なくなっているだけなのかも知れません。

 

自分自身もネットで本を注文することも増えましたが、それでもやはり週に一回は本屋に行くようにしています。

それは、ネットだと自分のテリトリの情報しかキャッチできない時が多いからです。

本屋に行くと、グルリと見て回るだけでも、新しく発見できるものが毎回必ずあります。

 

 

本作のタイトルである『PERFECT DAYS』は、ルー・リードの名曲“Perfect Day”から取られています。

作中では、他にもパティ・スミスの“Redondo Beach”など、主人公,平山の性格やセンスの良さが垣間見れるような素晴らしいプレイリストが構成されています。

 

本編を通じて主人公の生き方やこれまでの人生のバックグラウンドを観客に理解,想像させてのラストシーン、目に涙を溜めながら必死で笑おうとする平山の表情の長回しには、とても考えさせられるものがありました。

 

作品を観終わって、売店でパンフレットを買って、僕はエレベーターに向かわずに誰も使っていない階段を使って下へ降りました。

涙が今にも流れそうに込み上げてきていたからです。

 

階段まで何とか泣くのを我慢できて安心したのか、溢れてくる感情が涙となって現れてしまいましたが、僕は階段を降りながらラストシーンの平山を見習って他のパーツで必死に笑顔を作り、一階に辿り着く頃には何事もなかったかのように道行く人に溶け込み、ひとり静かに帰宅しました。

 

少しでも多くの現代人に観てほしいと思う作品でした。

まだご覧になられていない方は、ぜひ映画館で観てみてください!

『枯れ葉』

2024.01.09.

Posted on 01.09.24

2024年の映画館詣は心斎橋パルコの上のシアタス心斎橋へ。

 

フィンランドの監督,アキ・カウリスマキの新作『枯葉』を観てきました。

 

 

宝物にしたいくらいの素敵なパンフレットです。

 

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この時代にカウリスマキの新作を映画館で観れるという幸せ。

 

2024年冒頭から大地震が起こり、飛行機は事故を起こし、今もウクライナやガザ地区では戦争が続いている。

 

こうして平和に映画を楽しんでいる自分にどこか後ろめたい気持ちを感じながらも、やっぱりカウリスマキはいいなと思えるような素晴らしい作品を鑑賞できたことに感無量のひとときでした。

 

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パンフレットの見開きに書いてあったカウリスマキのメッセージが素晴らしかったのでここで紹介させていただきます。

 

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取るに足らないバイオレンス映画を作っては自分の評価を怪しくしてきた私ですが(注:僕の知る限りカウリスマキはそんなもの作ってません笑)、無意味でバカげた犯罪である戦争の全てに嫌気がさして、ついに人類に未来をもたらすかもしれないテーマ、すなわち愛を求める心、連帯、希望、そして他人や自然といった全ての生きるものと死んだものへの敬意、そんなことを物語として描くことにしました。

それこそが語るに足るものだという前提で。

 

この映画では、我が家の神様、ブレッソン、小津、チャップリンへ、私のいささか小さな帽子を脱いでささやかな敬意を捧げてみました。しかし、それが無惨にも失敗したのは全て私の責任です。

 

アキ・カウリスマキ

 

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なんて謙虚でユーモアに溢れた素敵なメッセージでしょうか。

このメッセージが書かれた本作のパンフレットは、一生大事にしようと思います。

映画館で観ることができた、この素晴らしい映画の思い出と共に

Posted on 11.30.23

先日、仕事が早く終わったので、これは絶好のチャンスとばかりにシネヌーヴォで開催中の“ジャン・ユスターシュ映画祭”へ。

 

 

僕にとってのオールタイムベスト級映画『ママと娼婦』への布石となっているということで狙っていた作品『ナンバー・ゼロ』を観てきました。

 

 

タイトル、メチャかっこいい。

 

この作品は、ユスターシュの祖母であるオデット・ロベールの話を2つのキャメラ(通っぽく言ってみました)で撮影したドキュメンタリー作品。

 

当時のユスターシュは鬱状態に陥っており、もう自分には映画は撮れないのではないかと気に病んでいたそうです。

そんなユスターシュに、「一族誰かを主題にして映画を作ってみてはどうか?」という提案したのは、『豚』の共同制作者,ジャン・ミシェル=バルジョルでした。

 

語られるのは、オデットの半生、および彼女の曾祖父母から曾孫たちへいたる、六代にわたる一族の歴史です。

まあ、よく喋るおばあちゃんでした。

これは上沼恵美子さんもビックリ。

 

ユスターシュは当時、この作品を映画とみなして良いのかどうか、確信が持てなかったそうです。

なぜなら、この作品に似たものを見つけることができなかったから。

「『ナンバー・ゼロ』を作るつもりはなかった。単に悪に悩まされていて、その悪に対する反応がこの映画だった」とユスターシュは語っています。

そして、この映画で自身のルーツを見つめ直すきっかけになったのかどうかはわかりませんが、この後、『ママと娼婦』『ぼくの小さな恋人たち』という、自身の経験を強く反映させた映画史に残る素晴らしい作品を完成させました。

 

今回は、自分の休みとのタイミングがうまく合わず、他の日本初公開作品は観に行けませんでしたが、これを観れたことでひとまず満足しました。

ぜひBlu-ray化してほしいです!

 

ご興味のある方は、今週一杯まで映画祭が開催されていますので、ぜひシネヌーヴォに足を運んでみてください!

先日のお休みは、シネヌーヴォでドイツの映画作家ウルリケ・オッティンガーの作品を観てきました。

 

 

今回、オッティンガーの作品が日本で上映されるのが決まってからというもの、観に行くのをとても楽しみにしていました。

自転車圏内でいつも素晴らしい映画を上映してくれるシネヌーヴォさんには毎度感謝です。

 

この日は、日本で上映される3作品が立て続けに上映されている日だったのですが、ビビって2作品にしました。

ビビりまくって。

 

ということでまず一作目は今回一番観たかった作品『アル中女の肖像』

 

 

ストーリーはどこからともなくやって来た名もなき女性が、ベルリンの街で飲んだくれるという話。

 

主演は、実験的音楽のパフォーマンス集団,ディー・テートリッヒェ・ドーリス(Die Tödliche Doris)に参加するなど、80年代の西ベルリンの前衛的なアートやファッションの分野でアイコン的な存在だったタベア・ブルーメンシャイン。

本作では、衣装も彼女が担当しています。

バチバチにキマってました。

バッチバチに。

こういうニッチな映画はあまり観ないという方でも、ファッションやアートが好きな方にもオススメできる作品かなと思います。

 

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続いて『フリーク・オルランド』

 

こちらは「小さな世界劇場」という形で、過ち,無能,権力の渇望,恐怖,狂気,残虐行為,そして日々の生活を含んだ世界の始まりから今日までの歴史が、5つのエピソードで語られます。

 

もう始まった瞬間から苦手な類の映画だと思ってしまいました。。

ホドロフスキーっぽいカオスで狂気な感じは好きなのですが、それを『チャーリーとチョコレート工場』みたいな幼稚なチャーミングさで割ってる感じがしました。

ジャック・リヴェットみたいな世界観もありましたが、リヴェットの方が映像はファンタジックでも表現はもっとシリアスです。

多分、僕が捻くれ者の中でもマイノリティな部類なだけで、ホドロフスキーとかが好きな方ならこの作品を面白いと感じる人も多いんじゃないかと思います。

個人的には観ておく価値がある映画かと思いましたが、好きではないです笑

 

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2作品観て、オッティンガーの作風がどんなものか少しわかりました。

面白い映画監督だと思いますが、僕は同じニュー・ジャーマン・シネマでもファスビンダーの方が断然好きそうです。

でも、作品を通じて“ベルリンの壁”で生活も文化も,そして政治も分断された当時の西ベルリンの退廃的で鬱々とした人々の、今にも内々で静かに爆発しそうな感情が伝わってくるようでした。

 

残りの1作品も近いうちに観に行こうと思っています。

読んででご興味が湧いたというキトクな方(笑)は、ぜひシネヌーヴォへ足を運んでみてください!

 

シール型の映画チラシも貰えますよ!

 

 

 

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天使の影

2023.08.08.

Posted on 08.08.23

昨日のお休みは、シネリーブル梅田でライナー・ヴェルナー・ファスビンダー脚本, ダニエル・シュミット監督の映画『天使の影』を観てきました。

 

 

この作品は、ファスビンダーが書いた戯曲『ゴミ、都市そして死』をダニエル・シュミットが映像化したものです。

 

まず、このアートワークのシーン。

なんてロマンティックな構図なんだろうと思ってましたが、実際は相当にクズなヒモ野郎から酷いセリフが言い放たれたシーンでした。

でも、だからこの作品は『タイタニック』とかの何万倍も人間の本質を突いてきます。

 

映像はやはりファスビンダーの方が個人的には好きですが、シュミットはシュミットで素晴らしかったです。

ファスビンダーの演技も堪能できて良かったです。

 

日程は少しタイトでしたが、関西でもファスビンダー映画祭を上映してくださってありがたかったです。

まだ間に合う方は、ぜひ観に行ってみてください!

 

Posted on 06.21.23

先日は、シネヌーヴォのゴダール特集で、『1PM ワン・アメリカン・ムービー』と『ニューヨークの中国女』を観てきました。

(ちなみに、この2作品はゴダールが監督を務めた映画ではありません)

 

 

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まずは『ニューヨークの中国女』から。

 

 

 

本作は、ゴダールが監督を務めた映画,『中国女』(1967年)がニューヨークで封切られた翌日に撮影されたドキュメンタリー作です。

(奇しくもその日はキング牧師が暗殺された日【1968年4月4日】でもあります)

 

毛沢東主義や世界情勢に対してユーモアを交えて斬り込んだ作品,『中国女』を巡って、ニューヨーク大学の大学院生とゴダールで交わされた議論の様子が収められています。

 

僕も直前に『中国女』を観たり、中国大革命のことを少し調べたり、僅かながらの予習をして観に行きました。

 

ゴダールと言えば、いかにも偏屈で気難しそうなイメージがあると思いますが(実際そういうのの結晶みたいな人だと思います)学生たちの質問には丁寧で誠実に、しかも英語で(途中からはテンション上がってフランス語になっていましたが笑)応えている姿が印象的でした。

 

この当時は、若者の政治や社会問題に対しての関心が世界的に高かった時代だと思います。

それらの考えの多くは反体制的なものでした。

 

この撮影日のおよそ20日後、同じニューヨークのコロンビア大学で数百人の学生が校舎に立て篭もるストを起こし、翌月パリでは5月革命が起こりました。

何か体制の在り方を変える時には、若者たちの声や行動というものは、(本人たちが思っている以上に)大きな力となるということを時代が証明しています。

 

今年亡くなった坂本龍一さんはSEALsなど日本の若者が声を上げた活動にも関心を持ちその行動力を支持していましたが、(SEALsも当時色々と言われていましたが、そういうところにも自分は何と思われようがそんなこと関係なしに応援に駆けつける坂本さんの姿も僕は素晴らしいなと思っていました)、当時のゴダールにも同じような気持ちがあったのかも知れません。

 

このドキュメンタリーを観て、またゴダールのことが少しだけ好きになりました。

 

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『1PM  ワン・アメリカン・ムービー』

 

 

1968年の秋に企画されたゴダールとダイレクト・シネマの旗手ペネベイカー&リーコックのタッグによる『1AM (ワン・アメリカン・ムービー)』

 

しかしこの共同作業はそれぞれがお互いの主張を譲らず、編集段階で頓挫してしまいました。

 

本作『1PM』は、ゴダールが放棄したフッテージをペネベイカーが繋ぎ合わせて作った作品。

 

二人に構想を伝えるゴダールの姿や、ブラックパンサー党のエルドリッジ・クリーヴァーの談話、60年代アメリカのカウンターカルチャーを体現するバンド, ジェファーソン・エアプレインのゲリラライブ(ゴダールが依頼)など、貴重な映像をたくさん観れました。

 

監督がゴダールじゃないから(笑)、アメリカのこの時代の情勢や空気感といったものが割とストレートに伝わってきました。

 

ゴダールがやっていた数を数える時の指を上げる順番は、早速今日から真似したいと思います。

 

 

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という感じでどちらとも大変興味深い作品でした。

来週からはゴダール監督の作品の追悼上映も始まりますので、ご興味のある方はぜひシネヌーヴォに足を運んでください!

 

EO

2023.05.10.

Posted on 05.10.23

先日のお休みはシネリーブル梅田で、ポーランドの鬼才, イエジー・スコリモフスキ監督の最新作『EO』を観てきました。

 

 

 

本作の主人公は一匹のロバ。

 

 

 

そう、ロベール・ブレッソン作品の名作『バルタザールどこへ行く』をオマージュした作品となっております。

 

 

 

サーカス団の一員として生活していたロバのEO(イーオー)ですが、ある時サーカス団から連れ出されてしまいます。

そのEOの予期せぬ放浪旅を通じて、人間たちの本性やその愚かさを映し出します。

 

 

僕はブレッソンの『バルタザール』が衝撃的な作品でとても印象に残ってるということもあって、同じくロバを主人公にした本作の公開を楽しみにしていました。

 

作品は現代版『バルタザール』という感じでしたが、極限まで削ぎ落とした構成でじっとりと湿ったような人間模様を描き出す本家ブレッソン作とは別物の映画でした。

 

でも、映像や音楽はさすがスコリモフスキという感じでした。

ちょうどシネリーブル梅田がodessaを搭載したスクリーンで上映してくれていたので、映像と音響を存分に楽しむことができました。

 

 

 

本作は、ロバよりも後半で登場したイザベル・ユペールの方が圧倒的な存在感を感じましたが、そういう作りにしているのも監督の意図なのでしょう。

 

本作が『バルタザール』と同様の作品と言われるとかなり違和感を感じてしまいますが、こちらはこちらで面白かったです。

 

ご興味のある方は、ぜひ映画館に足を運んでみてください!

Posted on 03.08.23

先日のお休みはシネヌーヴォでクレール・ドゥニ監督の1994年の作品『パリ、18区、夜。』を観てきました。

 

 

 

ドゥニの昔の作品を観れる機会はあまりないので、今回のチャンスは絶対に逃すものかと思っておりました。

ちょうど僕が休みの月曜日に上映があってラッキーでした。

 

クレール・ドゥニは、ジャック・リヴェットやヴィム・ヴェンダース、ジム・ジャームッシュなどの元で助監督としてキャリアを積みました。

 

ジャック・リヴェットの創り出す世界観も非常に独特で美しいものですが、今作のドゥニの作風はどちらかというとヴェンダースやジャームッシュからの影響が色濃く出ている作品だと感じました。

 

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本作の舞台となるパリ18区は芸術の街として有名です。

一方で、移民が多く住む町という一面もあります。

ストーリーは、実際にあった老女連続殺人事件を中心に、パリ18区移民の街の生々しい事情と暮らしを描く群像劇。

 

前半はうっとりするくらい色鮮やかでバチっと決まったフレームワーク、そして物事が暗転していく後半ではカメラも薄暗い色調へと陰を落としていきます。

 

音楽も良かったです。

ファッションや音楽にも詳しい人の撮る映画は、映し出すショットにもその感性が如実に現れています。

 

特に主演のカテリーナ・ゴルベワが素晴らしかったです。

 

 

 

僕もジム・ジャームッシュやクレール・ドゥニの撮る映像のように、魅力的なカルチャーの要素をヘアスタイルにおいてもっと表現できるように、腕を磨いていきたいです。

 

 

今作も上映されている、特集『フランス映画の女性パイオニアたち』は京都の出町座でも開催されていますので、ご興味のある方はぜひそちらにも足を運んでみてください!

Posted on 02.26.23

先日のお休みは、シネリーブル梅田でジョージア人の映画監督,オタール・イオセリアーニの『歌うつぐみがおりました』を観てきました。

 

 

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『歌うつぐみがおりました』  1970年     監督、オタール・イオセリアーニ

 

まず、邦題がなんともチャーミングです。

 

主人公のギアは、ティンパニー奏者。

しかし、何もせずにじっとただ待っていることが苦手なギアは、自身の楽器の出番の少ない演奏の合間にスルスルとホールを抜け出してナンパしに行ったり遊びに出かけたりと自由奔放な生き方をしています。

ですが、演奏フィナーレの出番までには(なんとかギリギリ)絶対に遅れないという変な真面目さを持っていたりするので、観ていて憎めないところがあります。

 

映像や脚本も、ジョージア流ヌーヴェルヴァーグという感じで、大変魅力的な作品でした。

 

イオセリアーニ監督は、故郷のジョージアで映画を撮り始め、その後、拠点をパリに移しました。

他のジョージア時代の作品ももっと観たいですし、パリで撮った作品もぜひ観てみたいです。

 

今回の映画祭を機に、Blu-rayが発売されればいいのですが…

素敵な映画を撮る監督さんなので、ご興味が湧いた方はぜひイオセリアーニ監督の作品をご覧になってみてください!