東京物語(エゴン・シーレ編)
2023.03.25.
Posted on 03.25.23
東京2日目の朝は、ビョークのライブアルバムを流して前日のコンサートの余韻に浸りながら身支度を整えました。
(毎回オウムのように繰り返しますが、タイトルは小津安二郎監督の名作映画から引用させております)
2日目の日程もゆっくりしている暇はなく、朝の9:30前には上野に着けるように行動しました。
もちろん桜を見に行く為ではなく、東京都美術館で開催中の『エゴン・シーレ展』を鑑賞する為です。
この展覧会は、たとえビョークのコンサートなど,他の目的がなくとも会期中には絶対来たいと思っていました。
それくらい、エゴン・シーレが好きです。
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でも、やっぱり桜は綺麗だったし僕にも人間の血が流れているので、道中の上野公園で桜の写真も一枚撮りました。
立派な徳川家の家紋の両サイドに超魅力的な文言が書いてあったのが無意識で気になっていたのでしょう、気付いたら上野東照宮の文字までバッチリ入るくらいの構図で撮影してしまっていました。
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エゴン・シーレ展に戻ります。
作品の写真を撮っていいエリアが少しだけあったので、ここで一枚ご紹介させていただきます。
『吹き荒れる風の中の秋の木(冬の木)』
風に吹きさらせれる枯れ木が、灰色の空で覆われたカンヴァスに広がっています。
白く塗られた幹は背景に溶け込み、ほとんど抽象的な線と化して画中に伸びる神経質そうな枝の孤独感がいっそう際立っています。
この景色を実際に目で見た時のシーレの内面の感情や精神性というものが強烈に表現されています。
これを“表現主義”と呼びます。
シーレは、表現主義の画家として有名ですが、晩年(と言っても28歳の若さで生涯を閉じています)では写実的な作風へと変化していきました。
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会場にあったシーレの詩もひとつご紹介いたします。
後半の部分は、知り合ったばかりの友達の家に初めて行った時にこの発言をされたら何か変な勧誘を受けそうで不安になりそうなものですが、冒頭の2文には感銘を受けました。
大人になって、スウェーデンの巨匠, イングマール・ベルイマン監督の作品なども観るようになって、宗教や芸術に対してももっと知識を増やして深く理解できるようになりたいと思うようになりました。
まだ20歳とかの頃だったらファッションに夢中だったので、東京に来たら気になるセレクトショップや古着屋に行くことばかり考えていましたが、今はファッションよりも断然芸術鑑賞などに時間を割きたいと思うように考えが変化しました。
(でもDover Street MarketとGINZA SIXには行きました。GINZA SIXは初めて行きましたがマジで何も面白くなかったです)
エゴン・シーレ展の物販では、Björkの物販よりも遥かに散財しました。(複製版画を注文したのです)
服も好きなので未だにちょくちょく買いますが、最近は自分の買える範囲でアート作品なども収集したいと思うようになりました。
(それらの中には、お客様にも見ていただきたいとお店に設置しているものも多いので、どんどんお店の待合付近がゴチャゴチャしてきています… でも、止められない止まらない。。 )
本物はそんなにしょっちゅう買えないですが、リトグラフやドライポイントなどであればまだ頑張ったら手が出せるものもあるので、これからも少しずつ自分が好きな作家の作品を増やしていければと思っています。
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図録は朝日新聞のサイトで注文できたので、事前に購入しておきました。
シーレ展に行く頃には、リュックの中身がヒッチハイクで日本横断にチャレンジしている人くらいの重厚感になってきていたので、事前に買っておいて心底良かったと思いました。
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ラストの完結編は、まだ後日書きます。
今回も最後までお読みくださり、ありがとうございました!